仕方がないから
「クッ……」
巻き上げられた土砂と石が体を強かに打つ感覚に、ライルは顔をしかめながら必死に足を動かす。
「……全く、我は戦うためにここにいるのではないぞ」
「もう、そんなこと言ってる場合ではありませんわ」
フードを目深に被って土砂による直撃から身を守りながら、アイリスがライルに向かって叫ぶ。
「高貴なわたくしの能力を断りもなく見たのですのよ。このまま座して待つなんて真似、許しませんわよ?」
「知ったことか……」
アイリスからの苦言に舌打ちしながら、ライルは必死に足を動かす。
(勇者リリィの物語に、魔王である我が介入するべきではない)
その考えは今でも変わらないし、これからも変えるつもりはない。
だが、
「クッ!」
土煙の向こうからグランデラパス飛ばしたものと思われる巨大な羽が頬を掠め、ライルは肝を冷やす。
「お兄様、お顔に傷が!」
リリィの悲鳴に、ライルは羽が掠めた頬を触る。
すると、ぬるりと滑って生暖かい感触が指に付いているのに気付く。
どうやらグランデラパスは、既にライルをリリィたちの仲間の一人だと決めつけているようだ。
「……ただの鳥風情が、我に仇なすか」
反射的にオリジナルの外道魔法を使って、グランデラパスを惨たらしく殺してやろうかと思うが、流石にリリィたちの前で自分の力を見せるわけにはいかない。
もし、ライルに戦う力があるとわかったら、リリィの兄への依存度がさらに高くなり、彼女が勇者として立派に育たない可能性がある。
その場合、たとえ世界を救おうとも、ライルにとって満足いく結果にはならない。
あくまで自分は裏方に徹するべきで、物語の主人公はリリィなのだ。
「……仕方あるまい」
ライルは回復魔法を使ってサッと頬の傷を治すと、リリィとアイリスに向かって話しかける。
「おい、我がお前たちを特別に指揮してやるから、とっととあの鳥をぶち殺すぞ」
「はい、お任せ下さい」
ライルの言葉に、リリィは嬉々として頷くが、
「はぁ?」
提案に不満なのか、アイリスが樫の木の杖をライルに向けながら叫ぶ。
「まさかあなた……自分は命令するだけで、何もしないつもりですの?」
「何もしないとは言っていない。後方から指示を出してやると言っているだろう」
「――っ、ライル……あなたって人は」
ここに来て未だに戦う姿勢を見せないライルに、アイリスが額に青筋を浮かべて怒りを露わにする。
だが、これ以上はライルに文句を言っても無駄だろうと察したアイリスは、ウキウキと嬉しそうなリリィに向かって話しかける。
「リリィ……あなたのお兄様、あんなこと言っているけどいいの?」
「えっ? 何が問題ありますか?」
だが、アイリスの頼みの綱であるリリィは、全く意に介した様子はない。
「お兄様は私の付き添いですから、前線で戦わないのは当然です。むしろ、見守るだけだったのに、指示していただけるなんて光栄です」
「…………信じられない。この妹にしてこの兄あり、というわけ?」
満足そうに頷くリリィを見て、アイリスは頭痛を堪えるようにかぶりを振る。
だが、そんなアイリスに、リリィは手を伸ばして安心させるように手を握る。
「アイリス、大丈夫ですよ」
「……何がですの?」
「お兄様がお力添えをしてくれると仰ったのです。だからもう、あの魔物には狩ったも同然です」
「本気で言ってますの?」
「ええ、モチロン本気です。ですからアイリス、あなたもお兄様を信じて下さい」
「…………わかりましたわ」
リリィが本気であると察したアイリスは、大きく嘆息しながらライルをジト目で睨む。
「ライル、あなたの戯言に耳を傾けてあげますから、早く指示をお出しなさい!」
「ハッ、言われなくとも……」
ライルは土煙の向こう側から悠然とこちらを見下ろしているグランデラパスを睨むと、アイリスに向かって叫ぶ。
「とりあえず、一旦距離を取る。アイリス、あいつの足元に火柱を発生させろ!」
「わかりましたわ」
アイリスは樫の木の杖を額の前で構えると、素早く魔法の詠唱を唱える。
「…………いきますわ! ファイアーストーム!!」
凛とした声と共にアイリスが樫の木の杖を振るうと、グランデラパスの足元に魔法陣が浮かび上がり、渦を巻くように炎が発生する。
「――ッ!?」
自分の周囲が燃え出したことに気付いたグランデラパスは、大きな翼を羽ばたかせて慌てて空へと逃げる。
次の瞬間、グランデラパスのいた場所に大きな炎の柱が発生するが、そこには既に怪鳥の姿はなく、天高く空へ空へと舞い上がっていた。
「なっ!? まさか、あんな一瞬であんなに高くまで飛べるのですの?」
「そんなわけないだろう」
一瞬で豆粒ほどの大きさまで消えたグランデラパスを見て驚くアイリスに、ライルが冷静に指摘する。
「あれはファイアーストームによって発生した上昇気流に乗ったに過ぎん。奴も思いがけず、高く飛んでしまったと驚いているはずだ」
「そ、そうなのですの?」
呆然と呟くアイリスに、ライルはニヤリと笑って応える。
「とりあえずこれで少し時間が稼げる。その間に準備をするぞ」
グランデラパスを睨みながら、ライルは二人の少女に怪鳥討伐の作戦を伝えていった。




