たった一人の反乱
「ええっ!?」
ライルの一言に、リリィは驚きに目を見開きながらアイリスへと話しかける。
「ア、アイリス様……お兄様の話、本当なのですか?」
「だから、アイリスでいいと言っているでしょ?」
アイリスは何度目かの名前の訂正をしながら、肩で大きく息を吐く。
「間違いないありませんわ。わたくしはお兄様の仇を討つために、勇者であるリリィを囮にしたのですわ」
「アイリス様……」
「アイリス!」
「あっ、はい……アイリス、一つよろしいですか?」
「ええ、よくってよ」
割と危機的状況にあるにも拘らず、アイリスは毅然とした表情でリリィを見据える。
「わたくしが答えられることなら、何でもお答えしますわ。だってリリィ、あなたには私を糾弾する権利がありますもの」
「そ、そんな糾弾だなんて……」
普通にお姫様と話すだけでも恐れ多いのに、糾弾するなんて神に選ばれた勇者とはいえ、リリィにできるはずがなかった。
「ただ、どうしてこんな回りくどいことをしないで、私に直接言ってくれなかったのかな? と思いまして」
「……はい?」
「同じお兄様を愛する者同士、声をかけていただければ、喜んでアイリスさ……アイリスのお手伝いをさせていただきましたのに」
「…………そう、リリィ、あなたとてもいい子ね」
アイリスは思わず見惚れてしまうような優し気な笑みを浮かべると、ゆっくりとかぶりを振る。
「でも、ダメですの……わたくしにはこの方法しか残されていませんでしたの」
「残されて……いなかった?」
「ええ、あの洋品店の店主から聞いたのでしょう? 城は既に魔王によって陥落いていると」
「はい……あっ、だったらあの乗合馬車、王都に向かわせてよかったのですか?」
「問題ありませんわ。魔王はどうしてか街には手を出さずにいますから」
「それは……どうしてでしょう?」
「そんなの私が知るはずありませんわ。でも、お蔭で街の中は至って平穏、誰も城が制圧されたなんて思ってもいませんわ」
アイリスによると、城内は魔王と魔物に占拠されてはいるが、余計なことをしなければ命の保証はされているようで、アイリス以外の王族たちは抵抗することなく、軟禁状態にあるという。
ただ、兄の仇を討とうと一人画策していたアイリスは、魔物の監視付きという条件で城を抜け出す許可を魔王からもらい、行動に移したのだという。
「そうして辿り着いたのが、あの洋品店だったのですが、わたくしの浅はかな考えは、魔王には筒抜けでしたの」
「では、アイリスは……」
「ええ、わたくしは城の情報を外に知らせた者として、処刑されるところでしたわ。でも、その前に従者たちの挺身によって、間一髪で城を出ることはできましたの」
そうして馬車に乗って昨夜のうちに城の外に脱出したアイリスだったが、王都を出たところで、ゴブリンの群れが彼女を捕まえるための包囲網を敷いていたのだという。
「ですが、相手は最弱のゴブリン……わたくしの手にかかれば、一網打尽にすることもできましたわ」
「……でも、やらなかった?」
「ええ、いくら最弱であろうとも、それなりの数を倒すには多くの魔力が必要ですわ。そうして魔力が尽きたところでグランデラパスに強襲されれば、仇を討つどころではありませんから」
かといって五十体近くもいるゴブリンの包囲網を、気付かれることなく抜けることは不可能に近い。
それに、処刑命令が出された今、アイリスが行く先々に刺客が待ち伏せている可能性があるし、それによって関係ない人が巻き込まれてしまう可能性もある。
アイリスに残された道は、誰かを巻き込むかもしれないと思いながらも尻尾を撒いて逃げるか、今日ここに来るかもしれない勇者を巻き込み、全てを倒して日常を取り戻すかのどちらかだった。
そんなこと考えるまでもなかった。
アイリスは自身が乗ってきた空の馬車を街道に置き、ゴブリンたちが寄って来たところで催眠魔法をかけて眠らせ、数時間おきに催眠魔法をかけ直しながらリリィがやって来るのを待っていたという。
「そう……だったんですね」
アイリスから話を聞いたリリィは大きく頷いた後、ライルの方を見やる。
「お兄様……」
「言わなくてもいい、わかっている」
苦々しい表情を浮かべたライルは、ガシガシと頭を掻きながら鬱陶しそうに話す。
「どちらにしてもこの状況になった以上、あの鳥を倒さなけば先には進めんからな」
「では……」
「倒すぞ……あの化物鳥を」
「お兄様、ありがとうございます」
その言葉に、リリィは喜びを爆発させて思い切りライルに抱き付く。
「流石は私のお兄様です」
「ええい、だから引っ付くなと言っておるだろう」
「えへへ、嫌です」
「莫迦者、それどころじゃないだろう」
ライルはどうにかリリィを引き剥がしながら、状況を説明する。
「武器である剣は折れ、代わりは小さなナイフのみ。怪我は治したが、体力の消耗もかなりのものだろう」
「それはそうですけど……今は頼もしい仲間が増えたじゃありませんか」
そう言いながらリリィが見る先は、樫の木の杖を握っているアイリスだ。
「お兄様の仇を討つのですから、当然、アイリスも手伝って下さいますよね?」
「勿論ですわ。わたくしの持てる全て、リリィに託しますわ」
「ありがとうございます」
アイリスからの了承を受けたリリィは、ライルに向かってニッコリと笑いかける。
「というわけです。お兄様……何か良い案はありませんか?」
「……リリィ、お前は本当にいい性格をしているな」
「お兄様の自慢の妹ですから」
「……全く」
嬉しそうに胸を張るリリィに呆れながら、ライルは右手を軽く振ってアイリスに向かって鑑定の魔法を使う。
「――っ、あなた!?」
断りもなく鑑定魔法を使うという無礼に、アイリスの顔が怒りに赤く染まりかけるが、自分もライルに同じことをしたのだと思い出したのか、顎を引いて「うぐぐ」と唸る。
そんなアイリスの様子に臆することなく、まじまじと彼女の能力を確かめたライルは、おとがいに手を当てて思考を巡らせる。
「ふむ……王族にしては中々優秀なようだな」
「ええ、誰かさんと違って攻撃魔法は得意ですの」
「…………そのようだな」
アイリスの皮肉にも動じることなく、ライルは彼女から魔法の熟練度や、後どれくらい魔力が残っているかなど、必要な情報を集めていく。
そうしてライルがグランデラパスを倒すための思考の海を漂っていると、
「お、お兄様!」
リリィが切羽詰まった声で兄の袖を強く引っ張る。
「何だ? 今奴を倒す方法を……」
「それどころじゃないです! どうやら私たちの場所があの鳥にバレたみたいです!」
「何だと?」
リリィに強く引かれながら、ライルはゆっくりと顔を上げる。
すると、グランデラパスの黄色い瞳が、真っ直ぐ自分を捉え、風を切り裂きながら高速で迫って来ていることに気付く。
「ケエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェン!!」
「おわっ!?」
耳を劈く悲鳴にも似た叫び声に、ライルは全身に鳥肌が立つのを自覚しながら慌ててその場から飛び退いた。
次の瞬間、ライルたちがいた場所にグランデラパスの巨大な体が、まるで墜落したかのような勢いでぶつかり、轟音を響かせながら大量の土砂が天高く舞った。




