助けて欲しいのに……
「…………莫迦者が」
後頭部を殴られて倒れるリリィを見て、ライルは血が滲むほど唇を噛み締める。
「何度も我は助けぬと言ってるだろうが……」
ゴブリンに殴られる瞬間、リリィはライルに助けを求めるような視線を送ってきた。
だが、そこでライルが何もしてくれないとわかった途端、まるでこの世の終わりのような絶望的な表情を浮かべ、呆然と立ち尽くしていた。
パーティが極限まで追い詰められた時、誰よりも諦めてはいけないはずの勇者が、たかが武器を失った程度で簡単に取り乱していては、パーティのリーダーなどとてもじゃないが務まらない。
あの場面、リリィはライルに助けを求める前に、回避に専念すべきであった。
そうすれば圧倒的に実力が劣る二対のゴブリン程度、連中の死体を利用したり、奴等が落とした武器を使ったりするなど、如何様にも倒すことができたはずだった。
ちなみに、何もしていないと思われるライルであったが、実は密かにゴブリンたちに対して攻撃力を下げるデバフ魔法を使っていたので、派手に吹き飛ばされたリリィではあるが、その見た目に反して受けたダメージはそこまで高くないはずだった。
だが、ゴブリンの攻撃をまともに受けたリリィは、地面に突っ伏したまま立ち上がろうとしない。
「おい、リリィ……」
深刻なダメージを受けたわけでもないのに、すぐさま立ち上がろうとしないリリィを見て、ライルは堪らず足を一歩踏み出し、手を伸ばしかける。
「…………チッ!」
だが、ここで手助けしてはリリィのためにはならないと思い直し、上げかけた手を降ろす。
(リリィ……我の期待を裏切ってくれるなよ)
自分が育てたリリィなら……最高の勇者ならこの程度の危機、簡単に乗り越えてみせるはずだと信じて、倒れている妹にジッ、と熱視線を注ぎ続けた。
ライルの期待を他所に、地に伏したリリィはピクリとも動かない。
「ううぅ……お兄様…………頭が……頭が痛いです」
ゴブリンに殴られた後頭部のズキズキとくる痛みに、リリィは涙を流しながら泣いていた。
そう言っても痛み事態はそれほどではない。ゴブリンの力が弱いのか思ったほどダメージはなく、立ち上がろうと思えばすぐに立ち上がれるのだが、それでもリリィはある理由から立ち上がることができなかった。
これまでライルの辛い特訓に耐え、常人とはかけ離れた強さを手に入れたリリィではあったが、それでも彼女には足りない力があった。
それは、精神的な強さ。
初の集団を相手にした戦いで体力と精神力を削られ、心が弱っていたところへの不意を打たれての一撃は、肉体的にはそれほではなくとも、リリィのメンタルに相当なダメージを与えていた。
勇者という神に選ばれた存在であっても、実戦経験が浅く、まだ家族に甘えていたい年頃のリリィにとって、こんな辛いことが立て続けに続く状況は想定外のことであった。
また、体中に付着したゴブリンの血と体液は臭く、ねばつくように体にまとわりついているのも相当に不快で、リリィの精神的ダメージの一因にもなっている。
つまりリリィは、連戦によって精神的に疲れてきたところへ追い打ちをかけるような不意打ちを受け、頼みの綱のライルに助けてもらえなかったことから、心が折れてしまったのだった。
「うぅ……お兄様…………どうか私を……リリィを助けて下さい」
本当はライルに助けてもらっていたのだが、それに気付かないリリィは、ボロボロと涙を流して地面に伏せながら、最愛の兄が助けに来るのをひたすら待つ。
いくら「助けるつもりはない」と豪語しているライルであっても、実際にリリィが死ぬ直前になれば、助けに来てくれるに違いないと彼女は信じていた。
「グゲッ、グゲッ!」
「ギーッ、ギィィ!」
そうして地に伏すリリィに対し、見事に不意打ちを成功させた二体のゴブリンは、喜びを爆発させるように踊り、互いにハイタッチを交わす。
そして、立てないリリィに対し、仲間たちの恨みを晴らすかのように背を踏みつけ、蹴りを繰り出す。
「クッ……ぐぅぅ……」
ライルのデバフ魔法によって攻撃そのものは殆ど意味の成さないレベルまで下がっているが、蹴る度にリリィが呻きながら身を捩るので、それを見てゴブリンたちはさらに嬉々として攻撃を加えて行く。
本当なら手にした棍棒でとっとと止めを刺せばいいようなものだが、そこでその結論に至らない知能の低さが、ゴブリンがスライムと並ぶ最弱の魔物の一端であるといえた。
「うぅ……お兄様、早く…………早く助けて…………」
ゴブリンたちの蹴りに耐えながら、リリィはライルがやって来るのをひたすら待つ。
「…………」
だが、いくら待っても最愛の兄がやって来る気配はなく、流石におかしいと思ったリリィは、顔を上げてそっとライルの方を見やる。
「――っ!?」
しかしそこでリリィは、ライルが馬車からまだ一歩も動いていないことに気付く。
しかも、馬車の御者や乗客たちがリリィの救出に向かおうと動こうとしているのに対し、何やら強い口調で引き止めているのを見て、彼女の顔が凍り付く。
「ま、まさか……」
ライルはこのまま自分が死ぬまで本当に何もしないつもりなのか?
いざとなればライルが助けてくれると思っていたが、それは自分の想い込みに過ぎないのではないだろうか?
「ヒッ!?」
乗客たちを引き下がらせた後、厳しい目線を送ってくるライルの視線を見たリリィは、別に怒鳴られたわけでもないのに、顔を青くさせて視線から逃げるように伏せる。
そこでリリィは、散々言ってきたライルの言葉がようやく真実であると確信する。
このままいくら待っても、ライルは絶対に助けてくれない、と。
しかも、こうして情けない姿を晒し続けることによって、ライルを失望させてしまっていることにも気付き、リリィは青い顔を一転して赤くさせる。
何が何でも、ライルに嫌われるようなことは……見捨てられることだけは避けなければならなかった。
「くっ……」
ライルの顔を見てようやく我に返ったリリィは、蹴りを繰り出してきた一体のゴブリンの足を掴むと、もう一体のゴブリンに向かって力任せに投げつける。
「――ギャッ!?」
まさか反撃されるとは思っていなかったのか、二体まとめてもつれるように倒れるゴブリンを他所に、リリィは素早く立ち上がって態勢を立て直す。
「次は……」
ゴブリンたちを倒す武器を……そう思って視線を動かそうとした矢先、リリィの目に思わぬものが飛び込んでくる。
吹き飛んだゴブリンたちがいた場所に、突如として真横から火柱が襲いかかり、周辺の草ごと二体のゴブリンを焼き殺したのだ。




