一転して
リリィとゴブリンの実力差は言うまでもなく圧倒的で、例え十体、二十体のゴブリンがいたところでものの数ではなかった。
そう、十体、二十体のゴブリンが相手であったのなら……
「……もう、一体どれだけのゴブリンがいるの……よっ!」
二十七体目のゴブリンを斬り捨てたリリィは、宙返りして集団から大きく距離を取ると、額の汗を拭って大きく息を吐く。
「こんなもの、普段のお兄様との特訓に比べたら、全然たいしたことないんだから!」
普段からライルにもっとしごかれていると、リリィは自分を鼓舞しながら二十八体目のゴブリンの両眼を横一文字に切り裂き、首の頸動脈を斬る。
しかし、幾度となく繰り返されてきた達人級のリリィの攻撃が、疲労によって僅かに手元がブレてしまったのか、ゴブリンの首から吹き出した血が彼女の顔目掛けて飛んでくる。
「しまっ!」
咄嗟に顔を手で覆ったが、それでも右目に血が入ったリリィは、堪らず目に入った血を振り払おうと擦る。
「キシャアア!」
「ゲゲッ! ゲッゲッ!」
苦しむリリィを見て好機と取ったのか、ゴブリンたちが嬉々とした叫び声を上げながら一気呵成に集団で襲いかかる。
「クッ……まだよ!」
迫りくるゴブリンたちを前に、リリィは左目だけでどうにか迎撃しようと剣を構える。
「グゲエエエエエエエエエエエエェェ!!」
「――っ、遅い!」
上段から振り下ろされる棍棒に対し、半身をずらして回避したリリィは、すれ違いざまにゴブリンの胴を横薙ぎにするように斬りつける。
だが、それは今までのような浅く致命傷だけを負わせるような華麗な攻撃ではなく、深く、肉を切り裂くような斬撃だった。
「くぅ!」
当然ながらかかる負担もこれまでより大きく、リリィは歯を食いしばって力を籠めながら剣を走らせる。
「二十八!」
幸いにも骨には当たらず、そのままゴブリンの胴を両断したリリィは、次にやって来た武器を振りかぶっているゴブリンの喉目掛けて鋭い突きを繰り出す。
だが、そこで予想もしていなかったことが起こる。
リリィの突きの勢いが強過ぎて、ゴブリンの喉に剣が半分ほど埋まってしまったのだ。
「ゲボガボゴボ!」
「えっ……ちょっ!?」
リリィは自分の失態に気付いて慌てて剣を引き抜こうとするが、それより早く喉を貫かれたゴブリンが、口から血の泡を吹きながら剣ごと背後へと倒れる。
次の瞬間、ゴブリンが地面へと倒れると同時にパキン、とリリィの剣が折れる甲高い音が響き渡る。
「ああ……」
慌ててリリィが大量の返り血を浴びながらゴブリンの喉から剣を引き抜くが、新調したばかりの鉄の剣は、調度真ん中でポッキリと折れてしまっていた。
さらに悪いことに、噴き出した血が柄の部分まで付着しており、これではしっかりと握っても滑ってしまいそうだった。
「……もう、最悪!」
愛用にするはずだった剣は早くも折れ、自分と同じように血まみれになってしまった。
だが、泣きごとを言っている暇なんてなかった。
「グゲエエエエエエエエエエエエェェ!!」
まだ全てを倒し切れていないのか、さらなるゴブリンが襲いかかってくる。
「ううぅ……まだいるの」
集団で襲いかかってくるとは聞いていたが、こんなに大勢のゴブリンがいるとは想定していなかったリリィは、可愛らしい顔をしかめて辟易したように嘆息する。
「全部倒したら、お兄様に目一杯可愛がってもらうんだから!」
それでも逃げるわけにはいかないと、無理矢理自分を鼓舞する言葉を吐きながら、折れた剣を手にゴブリンへと向かっていった。
そこから先は気力と根性だけで必死に立ち回り、リリィはさらに十二体のゴブリンを折れた剣で斬り捨てて行った。
「はぁ……はぁ……これで、どう?」
肩で大きく息をしながらリリィは周囲へと気を配るが、流石にもう打ち止めなのか、次のゴブリンが襲いかかってくる気配はない。
「はぁ、はぁ……終わった…………のかな?」
全身が鉛のように重く、今すぐにでも寝転がって手足を投げ出したい気分になるが、まだ安全と決まったわけではないので、リリィは油断なく剣を構えながら周囲を見渡す。
「――っ!?」
すると、視界の端にリリィに向かって来るのではなく、馬車を狙うゴブリンがいることに気付いた。
どうやらリリィには敵わないと悟った一体のゴブリンが、草むらの深いところを通り、裏から馬車へと奇襲を仕掛けようとしているようだった。
「いけない!」
一体ぐらいのゴブリンならば、馬車にいる人員だけでどうにかなるかもしれないが、それでも律儀なリリィは、折れた剣をゴブリン目掛けて投擲する。
「――ッ、グギャッ!?」
風を切り裂きながらとてつもない速さで飛んだ剣は、ゴブリンのこめかみに見事に命中して、派手に吹き飛ばしながら絶命させる。
「…………ふぅ」
これで馬車を……皆を守ることができたと、安心したリリィは一息吐きながら額の汗を拭う。
それは戦いが始まってから、初めて見せたリリィの隙であった。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアァァ!」
「グゲエエエエエエエエエエエエエエエェェ!」
すると、まるでリリィが隙を見せるのを見計らっていたかのように、二対のゴブリンが草むらから飛び出してくる。
「なっ……」
完全に虚を突かれたリリィは、驚きながらも腰を落として迎撃態勢を取ろうとする。
だが、咄嗟に腰に伸ばした右手が剣を掴むことはなかった。
「しまっ!?」
そこでリリィは、自分が剣を持っていないことにようやく気付き、慌てて代わりの武器はないかと探すが、手持ちの武器は他にはなく、近くに盾にできるようなゴブリンの死体も、奴等が使っていた棍棒もなかった。
そうしている間に二対のゴブリンは、大きく跳躍してリリィの左右から同時に襲いかかってくる。
徒手空拳で戦う術は習得していないリリィにとって、この状況はまさに詰みであった。
「お、お兄様!」
思わずリリィは最愛の兄に助けを求めるように視線を送るが、ライルは腕を組んだまま御者台でこちらを睨んでいるだけで、手助けしてくれる様子はなかった。
「そんな……」
最後の頼みの綱であるライルからの援護がないことに、リリィが呆然と立ち尽くしていると、
「――がっ!?」
一体のゴブリンの攻撃がリリィの側頭部を捉え、彼女の細くしなやかな体が激しく吹き飛び、地面に叩き付けられた。




