疾風迅雷
馬車から勢いよく飛び出してきた子人は、不運にも左目にナイフの直撃を受けたようで、フラフラとした足取りで馬車から降りようとしたところで足を滑らせ、そのまま地面に落下して動かなくなる。
しかし、それを皮切りに、馬車の中から同じような緑色の皮膚をした子人が「ギャーギャー」叫びながら現れる。
「なっ!? あれは……」
次々と出てくる子人を見て、リリィが油断なく身構えながらライルに質問する。
「お兄様、あれはもしかしてゴブリンですか?」
「もしかしなくてもゴブリンだ」
リリィの質問に、ライル周囲をぐるりと見渡しながら頷く。
「知っているとは思うが、ゴブリンはスライムと双璧を成す最弱の魔物だ。だが、奴等はスライムとは決定的に違うところがある。何だかわかるか?」
「当然です。お兄様の教えを忘れるはずがありません」
リリィは「フンス」と鼻息を荒くさせながら得意気に胸を反らすと、ライルの質問に答える。
「ゴブリンは一体、一体は弱いですが、最も恐れるべきなのはその数です。殆どのゴブリンが集団で行動し、一斉に襲い掛かってくるのでその波に巻き込まれないように、相手に数の有利を作らせないように立ち回ることが重要です」
「上出来だ」
リリィの答えに満足したライルは、こちらを敵として認識した様子のゴブリンたちを睥睨しながら指差す。
「ではリリィ……これから何をすべきか、言わなくてもわかるな?」
「はい、ここにいる皆さんを守るため、ゴブリンたちを蹴散らしてきます」
「うむ、ではいけ!」
「はい!」
リリィは石の村で新調した鉄の剣を腰から引き抜くと、ゴブリンたちへと斬りかかる。
「魔物が相手なら、容赦はしませんよ!」
風のように駆けながら声高々に宣言したリリィは、枝に石を括りつけただけの石斧を持つゴブリンに斬りかかる。
「やあっ!」
鮮やかな銀閃を残して振り抜かれた剣は、ゴブリンの首、喉仏の僅か右横を僅かに切り裂く。
だが、
「ゲボガ……ゴボガボ…………」
掠っただけと思われた傷痕からは噴水のように大量の血が吹き出し、ゴブリンは陸上で溺れたかのように自分の首を押さえながら倒れ、そのままピクピクと痙攣しながら悶える。
「――ッ!? キシャアアアアアアアアァァ!」
仲間のゴブリンが倒れたことで、後からやって来たゴブリンが怒りを露わにして手にしたそれぞれの得物を振りかぶる。
「……遅いです!」
調度バンザイするかのように両手を振り上げたゴブリンたちを見て、リリィは素早く近付くと、それぞれのゴブリンたちの脇を、最初のゴブリンと同じように浅く、鋭く斬りつけて行く。
次の瞬間、脇から傷の大きさに似つかわしくない大量の血が吹き出し、ゴブリンたちは痛みと出血の多さに驚き、泣き喚く。
だが、怪我を治療する手段も、回復魔法のような便利な力も持たないゴブリンたちは、傷口を塞ぐこともできず、一人、また一人と失血死していった。
「うむ、今度はちゃんと戦えているようだな」
自分の教えを忠実に守りながら戦うリリィの善戦振りを見て、ライルは満足そうに頷く。
リリィは今、一人で多人数を相手に戦う時の立ち回りを実践している。
その方法とは、常に一対一の状況を作るのは当然だが、何よりも重要なのは攻撃の質であった。
伝説の剣のようないくら斬っても刃こぼれ一つしない代物を持っていない以上、武器の消耗は避けることができない。
しかも剣というものは、切れ味を追及するために刃を極限まで薄くしているので、思ったよりも脆く、斬りつけた時に相手の骨に当たっただけで折れてしまうことも多い。
故に、ライルはリリィに相手を斬りつける時は、全身を走る血管の中で一際太い血管や、血管が多く集まっている箇所を中心に、骨にまで至らない程度斬るように指導していた。
これにより刃に血が付着することは避けられなくとも、下手に斬りつけて剣そのものを駄目にしてしまうという事態はかなり避けられる。
ただ、口で言うのは容易くとも、高速で繰り広げられる戦いの中で実践するとなると、一筋縄ではいかない。
そんな離れ業を習得するのに一体何年かかるか……と思うが、ライルに全幅の信頼を寄せているリリィは、彼の要望に応えるためならばどんな無茶でもやってのける性質なので、何度か褒められただけであっさりとこの技の習得に成功したのだった。
「ハッ!」
九体目のゴブリンの太ももを斬りつけ、そのままの勢いで距離を取ったリリィは、懐から取り出した布で剣に付着した血糊を拭き取りながら、愛剣の様子を確かめる。
「……よし、まだいける」
初陣でスライムを倒した時と違い、今回はきちんと自分の力をセーブしながら戦っているリリィは、刃こぼれがないのを確認して小さく頷くと、周囲の状況を確認する。
これで馬車の中から湧いて出てきたゴブリンは全員掃討したのだが、
「グギギ……グギギグギ」
「グギャアアア、グギャアアア!」
草むらの中にも仲間が潜んでいたのか、草を掻き分けながら次々とゴブリンたちが現れるのが見えた。
普通の者ならば、そこでゴブリンの多さに辟易してしまいそうだが、
「流石はお兄様、もし、倒れた馬車を避けて草むらの中に入っていたら、あの魔物たちに奇襲されているところでした」
ライルの的確な指示のお蔭で、乗合馬車の乗客たちは助かったんだ。そう都合のいい解釈をして一人喜んでいた。
「お兄様の見事な知略でこの状況になったのです……次は私の番ですね」
そう独りごちて獰猛に笑ったリリィは、再び剣を構えると、ゴブリンの群れの中へと突撃していった。




