命懸けの逃避行
王都で洋品店を営むテイラーはその高い技術力を買われ、王城に度々呼び出されては、要人たちの服をオーダーメイドで仕立てるという仕事をしていた。
「いつもは私が王城へと出向いて注文をお伺いして、寸法を測らせていただいて自分の工房へと持ち帰るのですが……」
「その日は違ったんですね?」
「はい……その時のことは、今でも鮮明に覚えています。なんとアイリス様の方から私の店に来てくださったのです」
リリィの質問に、テイラーは興奮したように鼻孔を膨らませながら話す。
「最初は顔を見せない不気味な集団が来たのかと怪しんだのですが、フードの下からアイリス様が現れた時は……それはもう驚きで心臓が止まるかと思いました」
テイラー曰く、目が覚めるほどの美しい顔を持つというアイリスは、大勢の取り巻きに囲まれながらやって来たが、寸法を測るためにテイラーと二人きりになった時に、助けを求めて来たという。
「アイリス様は、自分の取り巻きは人間ではなく魔物で、城は魔王によって占拠されている仰るのです」
「ふむ……そんな荒唐無稽な話を信じたのか?」
「そりゃ信じますよ。アイリス様ような王族の方が、我々のような小市民にそんなくだらない嘘を吐く理由がないですからね」
「むっ……」
自信を持って断じるテイラーに、返す言葉が見つからないライルは言葉を噤む。
それだけアイリス……というより王族を信じているというのもあるが、普通に考えて取り巻きが魔物だとしても、洋品店の一店主に助けを求めるというのも実におかしな話である。
「……まあいい、それでその姫はお前に何と言ったのだ?」
「はい、勇者様がもうすぐ王都にやって来るから、私に助けを求めてもらいたいと……勇者様が城に入るより先に、私に勇者様を見つけて欲しいと言われました」
余り長居をすれば怪しまれると、用件だけを伝えたアイリスは、洋服代に迷惑料を上乗せした代金を支払って取り巻きに囲まれながら去って行ったという。
アイリスの願いを聞いたテイラーは、店を放り出してまで王都の外に出て、勇者を探しに行くべきかどうか悩んだ。
テイラーはアイリスのファンであったが、営む洋品店は、彼が心血を注いでようやく一人前と認められた自慢の工房だったのだ。
クライアントは王族意外にも沢山いたし、現在進行形で抱えている仕事もある。それら全てを捨て置いて街の外に出るなど、そう簡単に決断できるはずがなかった。
「ですが、私はすぐにアイリス様の言うことが本当だと気付きました」
「何か……あったのですね?」
「はい、アイリス様が去って暫くして、私の店にアイリス様の取り巻き連中がやって来たのです」
アイリスから取り巻きが魔物であると聞いていたので、テイラーは連中が現れると同時に、店の裏口からそっと抜け出して逃げ出したという。
「その直後でした。私の店から炎に包まれたかと思ったらあっという間に……」
「……酷い」
「ええ、本当に……幸いにも私は独り身なので、他に犠牲者が出なかったのがせめてもの救いです」
そう言いながらも、自分の店を壊されたことは計り知れないショックだったようで、テイラーはがっくりと肩を落として項垂れる。
命からがら自分の店から生き延びたテイラーは、取り巻きの連中に何度も見つかりそうになりながらも、必死に王都から逃げてこの街までやって来たという。
「ただ、情報を求めるなら酒場だろうと勢い勇んでやって来て、問答無用で叫んだのですが……ハッキリ言って失敗でした」
「そうだな。もし、この場に我々がおらず、追手の者がいたらお前……終わっていたぞ?」
「返す言葉もないです……」
ライルの容赦ない一言に、項垂れているテイラーはさらに身を縮こませる。
「まあまあ、お兄様。結果としてテイラーさんの勇気が功を奏したのですからいいじゃないですか」
落ち込むテイラーを可哀想に思ったのか、リリィが間に割って取り成すように彼に話しかける。
「テイラーさん、ありがとうございます。あなたの勇気、確かに受け取りました」
「リ、リリィさん……いや、勇者様」
「ハハッ……まだ正式に勇者として認められたわけじゃないですけどね」
リリィは照れたようにはにかんだ後、まだ成長途中の自分の胸をドン、と強く叩きながら自信を持ってテイラーに宣言する。
「ですが、ご安心して下さい。魔王だか何だか知りませんが、私が来たからにはバシッ、と敵を倒してお姫様を助けてみせますよ」
「ほ、本当ですか!?」
「はい、何てったって私は魔王を倒す勇者、ですからね」
「…………よかった。本当に…………本当によかった。うぅ…………」
リリィの言葉に、テイラーは目頭を押さえると、肩を揺らしながら嗚咽を漏らす。
「本当、よく頑張りましたよ……グスッ」
静かに泣くテイラーを見てもらい泣きしたのか、リリィは目尻に溜まった涙を拭きながら笑顔を浮かべる。
ただの一洋品店の店主が、いきなりお姫様から助けを求められたと思ったら店を失い、命を狙われながら別の街まで逃げ、顔も知らない勇者に助けを求めるというクエストを達成してみせたのだ。
王都がどうなっているのか、本当に魔王の手によって既に陥落しているのか。
全ては行ってみないことにはわからないが、必ずやテイラーの想いには報いてみせる。リリィはそう固く決意しながら、こちらを見ているライルに頷いてみせる。
「お兄様……私、やりますからね」
「ああ、まさか本当に魔王がいるとは思えんが、お前の力、存分にみせてやるといい」
「はい!」
リリィは大輪の花が咲いたような快活な笑みを浮かべると、力強く頷いてみせる。
「となると先ずは……」
そう言いながらリリィが見る先には、ジュージューと食欲をそそる音を響かせながらやって来る、厚さ五センチはありそうな巨大な肉の塊があった。
「朝食ですね。力を存分に発揮させるためにも、たくさん食べませんとね」
「…………好きにしろ」
これ以上は何を言っても無駄だと思ったのか、ライルは顔をしかめながら分厚いステーキから目を逸らした。




