朝の喧騒
「…………何だ」
――翌日、ライルは何やら体に違和感を覚えて目を開ける。
首を横に動かせば、既に陽は登っているのか、閉じられた窓の隙間から僅かに漏れる光が見え、チチチという小鳥の鳴く声も聞こえる。
一瞬、敵の攻撃か? と思うライルであったが、それにしては窓の外から聞こえる喧騒は賑やかではあっても切羽詰まったものではない。
となればこの違和感の正体は、もっと身近なところで起きているのかもしれない。そう考えたライルはゆっくりと身を起こす。
「むっ!」
なにやら腰の辺りが重いことに気付き、ライルは自分が着ているシーツを勢いよく引き剥がす。
すると、
「あっ、お兄様。おはようございます」
ライルの腰にしがみついているリリィが、ゆっくりと目を開けながらニコリと笑う。
「…………」
それを見てライルは、改めて自分が寝ていた場所を確認する。
このツインルームには、その名の通りベッドが二つある。
万が一、何者かが攻めて来たことを考慮して、リリィが入口から遠い右側のベッドを使い、ライルは左側のベッドで眠った。
そして今、ライルがいる場所は間違いなく左側のベッドである。
ということはつまり、
「……おい、どうしてリリィが我のベッドにいるのだ?」
「どうしてと言われましても……何故でしょう?」
そう言ってリリィは可愛らしくコテン、と小首を傾げる。
「…………」
「…………なんて、嘘ですよ」
無言で睨んでくるライルの様子から怒られると察したリリィは、飛び跳ねるように身を起こして距離を取ると、正座をして三つ指をついてペコリと頭を下げる。
「その……夜中に目が覚めてしまって、すぐに寝ようとしたのですが、上手く眠れなくて……ゴニョニョ」
リリィはシュン、と肩を落とすと、指をモジモジさせながら蚊の鳴くような声で言い訳を述べる。
要するに、不測にも夜中に起きてしまったリリィは、一人で眠るのが怖くてライルのベッドに潜り込んだというわけだった。
(……全く、そんな顔をされたら怒るに怒れんだろう)
妹の泣き顔に特に弱いライルは諦めたように嘆息すると、手を伸ばしてリリィの頭の寝癖を直してやる。
「早く起きろ。今日こそは王に謁見するぞ」
「――っ、は、はい、今すぐに」
その言葉にリリィは笑顔を弾けさせると、ベッドから飛び降りて勢いよく寝間着であるナイトドレスを脱ぎ出す。
「…………少しは男の目を気にしろ」
下着姿のまま今日着る服を漁り出すリリィを見て、ライルは苦笑しながらベッドから降りると、妹が脱ぎ捨てたナイトドレスを拾って丁寧に畳んだ。
着替えを終えたライルたちは、朝食を食べるために揃って宿の階下へと降りる。
宿の一階は酒場となっており、宿泊客やこれから仕事や冒険に赴くであろう者たちが、各々のテーブルで食事を取りながら談議に花を咲かせていた。
「お兄様、こっちです!」
活気に溢れた人混みを掻き分け、一足早く窓際の座席を確保したリリィが大声でライルを呼ぶ。
「ここです。ここで街の様子を眺めながらご飯を食べましょう」
「ああ、わかった。わかった」
リリィの行動力に呆れながら、ライルは指定された席に着く。
「さて、今日は何を食べますか? ここはお肉のメニューが豊富だそうですよ」
「……いや、朝から肉を食うとかあり得んだろ」
メニュー表を突き出しながら肉を進めてくるリリィに、ライルは引き攣った笑みを浮かべる。
朝は軽いメニューが好みのライルとしては、肉ではない何か胃に優しいものが食べたかった。
受け取ったメニュー表を見ながら何かいいものはないかと思案していると、
「おい、いい加減なことを言ってんじゃねえぞ!」
「…………何やら騒がしいな」
突如として響いた大声に、ライルは顔をしかめながら声のした方へと顔を向ける。
てっきり酔っ払いが朝から喧嘩しているのかと思いきや、どうやらそうではないようだ。
ライスの視線の先には、身なりのいい……いかにも金持ちといった風体の男が、複数の強面の男たちに囲まれているのが見えた。
「お兄様……」
不穏な空気を察したリリィが、身なりのいい男を咄嗟に助けるべきかどうかを尋ねながら腰を軽く浮かせる。
「いや……」
今にも飛び出してしまいそうなリリィを、ライルは手で制しながら静かに話す。
「まだ荒事になると決まったわけではない。ここは少し彼等の話に耳を傾けよう」
「……わかりました」
ライルの具体的な指示に、リリィはしかと頷くと、
「あっ、すみません。この、肉厚ステーキ定食もらえますか?」
近くを通りかかった店員に、ついでに朝食を注文しながら着席する。
「…………」
朝からボリューム満点の朝食を頼むリリィを見て絶句するライルを他所に、強面の男の一人が、強くテーブルを叩きながら身なりのいい男に向かって怒鳴る。
「朝から俺たちを不安に陥れるようなことを言いやがって、一体何が目的だ!」
「ち、違う。私はただ……」
「俺たちを不安がらせて、街の評判を落とそうとしたってそうはいかねぇからな!」
どうやら身なりのいい男に絡んでいるのは、この街に住む男たちの様で、話を聞く限りでは、身なりのいい男が何やら良からぬ噂を流そうと画策しているようだ。
すると、強面の男の一人が手を伸ばして身なりのいい男を引き寄せると、至近距離で睨みながら怒鳴る。
「おい、いい加減なことを言うと、ただじゃおかないぞ!」
「ち、違う、私はただ自分の見たことを正直に話しているだけだ」
身なりのいい男は強面の男たちに怯えながらも、自分の見たことについて叫ぶ。
「王都は既に、魔王の手によって陥落したんだ!」




