勇者ちゃんは甘えたい
石の村を後にしたライルたちは、停車駅から乗合馬車に乗って一路王都を目指した。
途中何度か馬車を乗り換え、いくつもの宿場町を超え、そして山間の村を出発して一週間後、いよいよ王都すぐ近くの宿場町までやって来た。
その日の夜、ライルたちはいつも通りの安宿に泊まろうとしたが、王都の近くということもあってそういった安宿は既に他の客で埋まっており、仕方なくこれまでより大きくて立派な宿屋の一室を取った。
「うぅ……明日はいよいよ王様との謁見ですね」
蝋燭だけの薄暗い部屋の中、シャワーを浴びて寝間着であるナイトドレス姿となったリリィは、いつもよりふかふかで上等なベッドの上でそわそわと落ち着かなさそうに体を揺らす。
「コラ、おとなしくしろ。髪が拭けないじゃないか」
すると、その背後からリリィの長い髪を優しく拭いていたライルが咎めるような声を出す。
「全く……せっかくの母譲りの綺麗な髪なのだから、もう少し気遣うことを覚えたらどうだ」
「は~い……」
リリィはベッドの外に半分投げ出した足をブラブラさせながら、髪を拭いてもらう感覚に気持ちよさそうに目を閉じると、甘えたような声を出す。
「でもでも、こうしてお兄様が優しく手入れしてくださいますから、私としてはこのままでもいいかも……何て思ったりしちゃいます」
「何を言っているのだ……それでは我はいつまでもリリィの面倒を見なければならないではないか」
「……いいんですよ? いつまでも見ていただいても」
そう言いながらすり寄って来るリリィの頭に、ライルは右手を振り上げて容赦なくチョップを振り下ろす。
「莫迦者!」
「あいたっ!?」
「いつまでもなど無理に決まっておるだろう。精々、リリィが成人するまでだ」
「うぅ、酷いです……だったら、私は何時までも子供がいいですぅ」
ぷくぅ、と両頬を膨らませたリリィは、背後にいるライルにもたれるように倒れると、両手を兄の背中へと回すようにしがみつく。
「私はこうして、お兄様と二人でいる時が一番幸せなんです」
「…………そうか」
「そうなんです。だから、そんな気のない返事しないで下さい」
「……悪かったな」
「い~え、許しません。でも、どうしても許して欲しかったら……」
リリィはライルの目を真っ直ぐ見据えると、頬を赤く染め、口を尖らせながら小さな声で呟く。
「……昔みたいに、いい子いい子って頭を撫でて下さい」
「はっ?」
「い、いいじゃないですか!? 私、今日まで頑張ったんです。それに、明日には王様から勇者として認められたら、こうしてお兄様に甘えられなくなるかもしれないじゃないですか? だから、ただのリリィとしての最後の夜に、お兄様に頭を撫でてもらいたいのです!」
「わかった……わかったよ」
子供のように足をバタバタさせて駄々をこねるリリィに、ライルは困ったように苦笑しながら手を伸ばし、彼女の形のいい頭をそっと撫でる。
「全く……せっかく髪を整えたのに、また乱れてしまうじゃないか」
「いいんです。その時はまた、お兄様に直してもらいますから」
リリィはライルの膝の上に頭を乗せると、猫のようにゴロゴロと鳴きながら甘える。
「やれやれ、リリィは昔からよくこうして甘えてきたな」
無邪気に甘えてくるリリィを見て、ライルは昔を思い出して双眸を細めながら彼女の頭を撫で続ける。
「……小さい頃は、よくこうしてリリィを寝かしつけてやったな」
「そうですね……こうしていると、まるで昨日のことのように思い出します…………」
「フッ、そんなわけないだろう。本当に調子のいい奴だ」
ライルは額にできた大きな傷痕が原因で、小さな子供と目が合うだけで大泣きされることが度々あったが、リリィだけはそんな彼に怯えることなく無邪気に慕ってくれた。
その理由が血の繋がった兄妹だからなのかどうかはわからないが、ライルは不器用なりに彼女に対して最大限の愛情を注いできた。
それが今へと繋がっているかどうかはわからないが、ライルがレイラから受けた愛情を、こうして少しでもリリィに分けることができたのなら悪い気はしなかった。
(……今日ぐらいは、リリィの言うことを聞いてやるか)
明日から勇者として過酷な道を進むリリィのことを慮ったライルは、今日だけはと思って彼女の優しく撫で続けた。
そうしてリリィの頭を撫で続けること数分、ライルは彼女が何も喋らなくなったことに気付き、試しにそっと声をかける。
「…………リリィ?」
「……すぅ……すぅ……」
だが、リリィからは返ってきたのは穏やかな寝息だけだった。
どうやらライルに頭を撫でられる心地良さに、リリィはすっかり熟睡してしまったようだ。
「やれやれ……本当に疲れていたようだな」
このまま暫く膝枕をしてやってもいいが、それよりベッドでキチンと寝た方がいいだろうと判断したライルは、そっと彼女の頭を持ち上げて膝を抜くと、抱き上げてベッドの上にキチンと寝かせてやる。
風邪をひかないように服装を整えてやり、サイドテーブルの上の蝋燭を吹き消したライルは、自分も寝ようとベッドへと移動しようとする。
すると、リリィが手を伸ばしてライルの服の裾を掴んで止めてくる。
「リリィ、起きていたのか?」
何事かと思ったライルが声をかけるが、リリィはその声には応えてくれない。
「むにゃ…………お兄様……………………もっと…………」
「…………器用な寝言だな」
眠ってもまだ甘えてこようとするリリィに、ライルは呆れたように嘆息しながらも、再び彼女が眠るベッドに腰かけると、手を伸ばして頭を撫でる。
「今日だけは甘えさせてやるさ。ただし、明日からは一人の勇者として扱うからな」
そんなことをひとりごちながら、ライルは今暫くリリィの頭を撫で続けた。




