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少しだけ違う朝

 ――翌日、地平線の彼方から陽が昇り、朝の訪れを喜ぶように鳥たちが囀り始めた頃、


「んんっ~、いい朝!」


 夜のうちに石の村の根底を覆すような大事件が起きたとは露程にも思わないリリィは、昨晩世話になった少年の家から出て大きく伸びをする。


 少年の家でたらふくご飯を食べ、ぐっすりと眠ることができたのですっかり元気になったリリィは、手荷物を確認して忘れ物がないことをしっかりと確認すると、後ろを振り返って現れた人物へ笑顔を浮かべる。


「お兄様、それでは行きましょうか」

「ああ、そうだな」


 リリィの後に続いて旅支度を終えたライルがのっそりとした足取りで外に出ると、


「ふわぁぁ……」


 いきなり盛大に欠伸をする。


 一昨日はリリィが食べた睡眠薬を抜くために夜通し看病し、昨夜は村長の妻である老婆とティッキーたちとで事件の後処理を行った影響で、二日連続の徹夜となってしまったライルの体調は、決して良いとは言えなかった。


 しかし、リリィの付き添いでしかない自分が彼女の足を引っ張るわけにはいかないと、ライルは自分の体に鞭打って気力だけで起きていた。


「お兄様、大丈夫ですか?」

「無論だ……と言いたいが、睡眠が足りぬだけでこの体たらく……本当、人間の体とはままならぬものだな」

「えっ?」

「……コホン、何でもない。気にするな」


 不思議そうな顔をするリリィに、ライルは咳払いを一つしてどうにかごまかすが、思わず自分がかつて魔王であったことを無意識で吐露してしまうくらいに疲れていた。


「お兄様……」


 昨夜は別々の部屋で寝たため、ライルが夜に何をしていたのか全く知らないリリィは、明らかに眠そうな彼を見て心配そうに話しかける。


「どうしますか? もう少し休んでいかれますか?」

「……問題ない」


 ライルはハッキリと否定の言葉を口にすると、欠伸を噛み締めながら眠たそうに答える。


「既に予定より一日遅れてしまっているからな。これ以上は遅れるわけにはいかないだろう」

「ですが……」

「何度も言うが、我は戦わないから体調なんて気遣う必要はない。もし我が途中で眠ったら、捨て置いて先に王都に向かうがいい」

「もう、そんなことしませんよ」


 相変わらず自分に対して無頓着過ぎるライルに、リリィは苦笑しながら兄の隣に寄りそうに立って腕を組む。


「でしたら、今日は私がこうしてお兄様を支えて歩きます」

「…………歩きにくいだろう」

「いえいえ、そんなことないですよ」


 リリィは「えへへ……」と照れたように笑いながら、さらにしっかりと腕を絡ませる。


「どうです? これなら少しは楽になるんじゃないですか?」

「…………好きにしろ」

「はい、好きにします」


 そう言いながらライルとピッタリと寄り添ったリリィは、出迎えに来てくれた母子へとペコリ、と頭を下げて礼を言う。


「昨日は大変お世話になりました。本当に、ありがとうございました」

「そんな、お礼を言うのはこっちの方です。こうしてこの子と笑顔でいられるのは、全て勇者様たちのお蔭なのですから……」

「そうだよ、ありがとう。お姉ちゃんたち」


 母子は揃って深々と頭を下げると、互いの顔を見て嬉しそうに笑う。


「…………よかった」


 二人の幸せそうな顔を見て、リリィの顔にも笑顔が浮かぶ。


「では、私たちは行きますね。どうかこれからも親子仲良く暮らして下さいね」

「はい、それはもう……本当に、本当にありがとうございました」

「お姉ちゃんまたね」

「うん、またいつか会いましょうね」


 このままお別れになる……そう思われたが、


「それと……」


 意を決したようにそう言った少年は、とてとてとライルの正面に立つと、怯えていないことを示すように元気に笑ってみせる。


「お兄ちゃんも元気で……僕、いつかお兄ちゃんみたいなカッコイイ大人になるから」

「…………そうか」


 まさか自分にも挨拶してくるとは思っていなかったライルは、面食らったように驚きながらも、少年に向かって優しい声音で話しかける。


「別に我の目指す必要はないが……お前を愛してくれる母親を大事にするんだぞ」

「うん! 任せて」

「…………いい返事だ」


 少年の元気な返事にライルは微笑を浮かべて頷くと、リリィに「では、行こうか」と言って歩き出す。


 そうして歩きはじめたリリィは、笑顔で手を振り続けてくれる母子の姿が見えなくなるまで、いつまでも……いつまでも手を振り続けた。




 こうして再び旅に出ることになったリリィは、村の中を歩きながら道行く村人たちに挨拶していく。


「おはようございます」

「あっ、勇者様。おはようございます」

「今日もいい天気になって良かったですね」

「これから旅立ちですか? どうかお気を付けて」


 リリィと同じように、この村の地下で行われていたことを知らない人たちは、ニコニコと笑顔を浮かべながら挨拶を返してくる。


 そこに映る景色は、何処にでもありそうな日常の風景だが、実は昨日とは少し違っている。

 しかし、早朝でまだ頭が冴えていないのか、それとも細かいことは気にしない風土なのか、特に疑問に思う者はいない。


 あいつの顔を見ていないが、また何処かにフラッと出かけたのだろう。


 あの家の連中が起きて来ないが、きっとまだ寝ているのだろう。


 いつもは朝早く起きてくる村長の姿が見えないが、たまにはそんな日もあるのだろう。


 そんないくつもの違和感に対し、誰もが気にした様子はない。

 村人たちが何かがおかしいと異変に気付くのは、まだ先になりそうだった。




 思ったより広い石の村をゆっくりと歩き、リリィたちが王都へと続く出口に辿り着くと、門の壁に寄りかかるように立つ二つの人影があった。


「やあ、おはよう」


 そう言って腰を浮かせてライルたちの前に立ち塞がるのは、真新しい衣装に身を包み、すっかり冒険者としての姿を取り戻したティッキーたちだった。

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