冒険者の心得
「おい、どういうことだ!」
これまで会話を聞くだけに徹していたライルは、ズカズカと歩きながら老婆へと詰め寄る。
「どうしてそこで勇者が出てくる。何故、ただの人間が勇者を殺そうとするのだ!」
「ヒッ、ヒイイイイィィィィ! どうか、どうかお許しを……ゲホゲホッ!」
「ちょ、ちょっと……」
いきなり老婆の胸ぐらを掴むライルに、ティッキーは慌てて手を伸ばして制止する。
「どうしてそんなに怒ってるのかわからないけど、それじゃあお婆さんが話せないでしょ」
「むっ……そうか」
ティッキーの咎めるような声に少しは冷静になったのか、ライルはパッ、と手を離すと、静かな声で老婆に尋ねる。
「それで……どうしてこの村の村長が、勇者を殺そうというのだ?」
「わ、わかりません。ですがこの度の勇者が女性であることは、風の噂でよく聞いていました。だから女性の冒険者は勇者かもしれないから襲うと……」
まだ王から正式に勇者として認められていないから、祖母のローザが普通の女の子として育てることを望んだから、リリィの勇者としての認知度は皆無に等しい。
だからといって、女性の冒険者を見境なく襲い続けるというのは、余りにも暴論過ぎるとライルは思った。
それは老婆も同じ考えなのか、倉庫内は寒くもないのに彼女は自分の体を抱き、小刻みに震えながら夫の罪を話す。
「私はただの冗談だと思ってました。そもそも勇者様を殺すなんて、そんな畏れ多いこと考えただけでも……きっとあの方は王都に行って戻ってくる間に、悪魔に取り憑かれたのだと思います。だから殺されなかったのなら、外に出してはいけないと思って……」
「そう……か」
老婆が男たちを地下に閉じ込めた理由を聞いて、一応の納得したライルは彼女への警戒を解いて僅かに頭を下げる。
「……悪かった。少し、どうかしていた」
ライルは老婆に謝罪の言葉を述べながら、顎に手を当てて思案する。
(……これは一体どういうことだ。まさかこの国の中枢は、既に魔物に浸食されているとでもいうのか?)
そう考えれば、村長がやたらと強気でいたことも、どれだけ冒険者に犠牲者が出ても、まともに操作も行われないことの説明がつく。
となれば、領主が悪事に手を染めるはずがないという老婆の話も、信用するわけにはいかなかった。
想定もしていなかった邪魔の登場に、ライルは苛立ちを露わにするように髪をガシガシと掻く。
「クソッ、かといって今から連中に尋ねに行くわけにもいかんしな」
「何ってんのよ、当然でしょ。苦労して蓋をしたんだから、また開けるなんてまっぴらごめんよ」
身勝手なことを言うライルに、ティッキーは辟易したように肩を竦める。
「そんなことより、さっきからどうしたのよ? あなたと勇者って何か特別な関係だったりするの?」
「ああ、勇者は……リリィは我の妹だ」
「ええっ!? そうなの?」
ライルの発言に、ティッキーは驚きに目を見開く。
「じゃ、じゃあ……あなたの妹の代わりに、私たちは襲われたというの?」
「莫迦を言うな。我等はそもそも連中に襲われるような愚は犯していない」
「うぐぅ、そ、それを言われると……」
あっさりと罠にかかった自分たちに対し、ライルたちは村長たちの様子を不審に思い、しっかりと予防線を張って危機を回避していた。
「それに、そこの老婆が注意を促してくれたのも大きかった」
「……どういうこと?」
「実は初日に村長の家に晩餐に招待された時、我と妹の食器に、ある人物の名前が入った食器が使われていた。客に出す食器に、わざわざ別の誰かの持ち物を使う。これは明らかにおかしい」
言うまでもないが、ゲストをもてなすのに、明らかに私物とわかるようなものを宛がうことはない。特に村長の家のような、時に品位と品格を求められるような家では、そのようなミスは沽券に関わるので絶対にあり得ないといっても過言ではない。
ライルは老婆に向き直ると、確認するように尋ねる。
「これは、お前がわざとやったので間違いないな?」
「は、はい……私にできることは、このもてなしは何かがおかしい、と冒険者の方にお伝えすることで精一杯でしたから」
「翌朝、薬を飲んでいないのに一人で起きて眠たい振りをしてみせたのも、家の中の異変を知らせるためだな」
「は、はい、その通りです」
老婆の意見を聞いたライルは深く頷くと、再びティッキーへと向き直る。
「というわけだ。こいつはこの村の異変を伝えようと、あれこれ暗躍していたのだ」
「……そう」
何も気にせずに、バカバカと出された料理を食べていたティッキーは、苦虫を嚙み潰したような顔をする。
そんなティッキーに、ライルは唇の端を吊り上げて邪悪な笑みを浮かべながら話す。
「ちなみだが……我の使ったジョッキには、お前の名前が入った食器が使われていた」
「わ、私の!?」
「自分の持ち物全てに名前を入れるとは、随分と教育が行き届いているようだな」
「べ、別にいいでしょ! 集団で行動していると、人の物を勝手に使う奴がいて困るのよ!」
思わぬ指摘に、ティッキーは顔を赤面させて不機嫌そうに顔を逸らす。
おそらく自分より年上の女性の子供ような仕草に、ライルは苦笑しながら話を続ける。
「……まあ、話を聞け。我がそのことを指摘した時、村長は食器を用意した老婆を叱るのではなく、咄嗟に嘘の言い訳を並べたのだ。領主の部下の忘れ物、だとな」
もし、何も疚しいことがないのであれば、一言謝罪して別の食器を用意させればいいはずなのに、まるでそれ以上の詮索されるのを嫌うように、ライルが適当に吐いた嘘に便乗してきた。
他に理由が思いつかなかったにしても、そのような嘘に乗っかってくる輩を信用できるはずがなかった。
「自分の持ち物に一々名前を書くほど几帳面な者が、自分の愛用している道具を忘れるなんてことがあると思うか?」
「絶対ない……とは言い切れないと思うけど……そういうこともあるかもしれないじゃない」
「…………お前は本当に愚かだな」
「な、何よ!?」
「……いいか?」
顔を真っ赤にして憤るティッキーに、ライルは頭痛を堪えるようにこめかみに手を当てながら話す。
「生き残るために最も大事なのは、全てを疑ってかかる用心深さだ。少しでも気になることが、不審に思うことがあるならまともに受けるべきではない。例えそれで嫌な顔をされようが、追い出されようが騙されて全てを奪われるよりはマシだと思え……冒険者としての基本だと思うが?」
「し、知ってるわよ。冒険者としての基本の心得、その一でしょ!」
冒険者を目指す者ならば、誰もが最初に教わる格言を改めて突き付けられ、ティッキーは分が悪そうに表情を曇らせる。
「そんなの、耳にタコができるくらい聞かされたわよ……」
「では、お前はこいつの行動に対して、本当に何も違和感を覚えることはなかったのか?」
「…………」
「あるんだな?」
その問いに、ティッキーは沈痛な面持ちで頷く。
「あったわよ……ただ、普段の判断はリーダーに任せていたから……」
「よく話し合っていれば、防げたかもしれぬな」
「…………そうね、あなたの言う通り、本当に馬鹿だったわ」
ティッキーはリーダーが遺してくれた硬貨の入った袋をギュっと抱き締める。
「…………本当に馬鹿だったわ」
改めて自分たちの不甲斐なさを思い知り、ティッキーは重い……重い溜息を吐いた。




