被害者たち
「あぁ~、やっぱりスッキリしないな……」
長い間拘束されていた所為か、手足にクッキリとついた痕を擦りながら、ティッキーが盛大に嘆息する
「ううぅ……肌がカサカサ、髪もカピカピで気持ち悪いよ」
「それに体中が臭くて堪らないわ……一刻も早く体を洗ってしまいたい」
「何もかも忘れるくらいしっかり洗おう」
「ええ、本当に……」
ティッキーの言葉に、仲間の女性も大きく頷いて同意する。
「…………」
つい先日見た時は泣き喚いていたはずだが、たった数分で驚くほどの豹変ぶりをみせる二人の女性に、後ろに続くライルは気になっていたことを問いかける。
「おい、本当にあれでよかったのか?」
「よかったとは?」
「あの男たちの処遇だ」
男たちの処分をティッキーたちに託したライルであったが、予想と違い彼女たちは男たちを誰一人として殺さなかった。
それどころか、ライルに斬りかかって返り討ちにあった男の足に応急処置を施してやるほどだった。
ただ、命こそ奪わなかったものの、村長も含む全ての男たちの男たる所以のシンボルを潰し、男としては二度と役立たないようにしていた。
「あの様子なら、朝まで起き上がることもないだろうが、殺さなくてよかったのか?」
「そりゃあ……あいつらを殺したい気持ちはあるよ……っていうか、今でも殺したいと思っているわ」
「だったら……」
「でもね、私たちは冒険者なんだよ」
ライルの問いに、真摯な表情を浮かべたティッキーが静かに答える。
「ムカついたから……許せないからとその度に相手を殺していたら、そこら辺のチンピラや荒くれ者と一緒じゃない。だから本当は可能な限り残虐な方法で殺したいけど、グッ、と堪えて我慢するの……私たちは冒険者だから」
「そうか……」
果たしてそれが冒険者としての矜持なのかどうかはわからないが、裁量を託した彼女たちがそう決めたのなら、ライルが口を挟むことではない。
「ところで……」
一人で納得して頷いているライルに、ティッキーたちが訝しむように身構えながら話しかける。
「助けてもらっておいてこんなこと言うのは悪いと思うのだけど……どうやって私たちが地下にいることを知ったの?」
「それに、私たち二人分の外套を用意していたのも気になるわ……まるで、地下に二人の女性が裸で捕らえられているのを知っていたみたいね」
「フム……尤もな意見だな」
ライルは静かに頷くと、懐から小さな皮袋を取り出してティッキーに向かって放る。
「わわっ……って重っ!?」
自分に向かって飛んでくる袋を反射的に受け取ったティッキーは、そのずっしりとした重さに驚きながらライルに尋ねる。
「な、何?」
「それはお前たちの仲間の遺品を売った金だ」
「……えっ?」
その言葉にティッキーは慌てて袋の中を開くと、中にはかなり硬貨が入っているのがわかった。
ティッキーは受け取った袋を大事そうに抱えると、探るようにライルに尋ねる。
「でも、ここにお金があるということは……」
「ああ、そういうことだ」
静かに頷いたライルは、当時の状況を静かに話し出す。
「この村の洞窟の最奥でな……そこで装備品を売った金でお前たちを助けて欲しいという遺言を見つけたのだ」
そうしてライルは、破った布に血で書いたと思われるメモをティッキーに渡す。
そこには失われる意識の中で必死に紡いだのか「村、地下、仲間二人、助け求む。謝礼はここにある全て」と、ようやく読める程度の文字で書かれていた。
このメモを見つけたのは全くの偶然であったが、それを見た時、リリィの成長にしか興味のないライルであっても、この想いに報いてやりたいと思った。
それだけの強い想いと無念が、一枚の布に籠められていた。
「先に言っておくが、売った金で買ったのは、お前たちが着ている外套二枚だけだ。それ以外の金には一切手を付けていない」
「じゃ、じゃあ……」
「必要ない」
謝礼として袋を差し出そうとするティッキーを、ライルは手で制しながらきっぱりと断る。
「それはお前たちの仲間が命懸けで遺したものだ。我はその者の献身に心を打たれただけで、謝礼に目がくらんだわけではない。だからその金は、正しく使うべきだ」
「正しく?」
「ああ、その金はお前たちを生かすのに遺されたのだ。ならば、これからのお前たちが生きるために使うべきだ」
「い、いいの?」
呆然とした表情で尋ねてくるティッキーに、ライルは微笑を浮かべて頷く。
「無論だ。あそこで何があったのかは聞かぬが、遺された想いに応えるためにも、精々長生きするがいい」
「……………………うん」
ティッキーは静かに頷くと、大事そうに袋を抱えて仲間の女生と目を合わせて頷き合う。
「リーダー……ありがとう」
「私たち、あなたたちの分まで生きます」
そう言うと、二人の女性は静かに涙を流しながら亡くなった仲間たちを想って黙祷を捧げた。
一分ほど黙祷を捧げた後、ティッキーたちは顔を上げてライルに向かって頷くと、しっかりとした足取りで出口へと向かう。
久しぶりの自由を満喫するように、踊るような足取りで階段を上ったティッキーは、最後の一段を登ったところで、
「――っ、誰!?」
倉庫内に誰かがいるのに気付き、反射的に飛び退いて距離を取ると、右手を腰へと伸ばすが、外套一枚を羽織っただけなので、その手が自分の得物を掴むことはない。
「チッ……」
ならば素手でも戦ってみせると、ティッキーは徒手空拳の構えを取り、倉庫の入り口付近で佇む人影を見据える。
だが、
「待て」
今にも飛び出しそうなティッキーに、後から階段を上って来たライルが声をかける。
「心配するな。その者は敵ではない」
「敵ではないって……」
「ある意味では、その者もお前と同じ被害者だよ」
ティッキーと人影の間に立ったライルは、灯りの魔法を使って光の玉を生み出すと、部屋全体を照らしながら人影に向かって話しかける。
「そうだろう? 村長の妻よ」
「…………」
問いかけるようなその言葉に、照らし出された村長の妻である老婆は、何も言わずに静かに顔を伏せた。




