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勇者として

「お、お兄様!」


 腹部からとめどなく血を流すライルを見て、リリィは悲鳴にも似た声を上げながらどうにか見つけたナイフを拾うと、襲撃者へと斬りかかる。


「このっ、お兄様から離れろおおおおおおおおぉぉ!」

「クッ……」


 鬼気迫るリリィの怒声に、男は手にしていたナイフを慌てて手放すと、そのまま闇の中へ一目散に逃げていく。


「クッ……ガハッ!」


 男が離れると同時に、ライルは口から血を吐きながらその場に崩れるように倒れる。


「お兄様!」


 ライルが倒れる前に素早く手を伸ばして抱きかかえたリリィは、彼の腹部に深々と突き刺さったナイフを引き抜こうと手を伸ばす。


「……待て、抜くな」


 だが、ナイフの柄へと手をかけたところで、血の気を失ったライルが息も絶え絶えに呟く。


「ナイフを抜けば、そこから一気に血を失う羽目になる……だから、そのままにしてろ」

「わ、わかりました」


 ライルの忠告に頷いたリリィは、伸ばしかけたナイフから手を離すと、目からボロボロと涙を流しながら泣き出す。


「お兄様、どうして……どうして私を庇ったのですか?」

「……何を言っている」


 滂沱の涙を流しながら泣くリリィに、ライルは呆れたように嘆息しながら目を逸らす。


「我は自分の都合で……勝手に歩いていただけだ……そこにたまたま男がやって来て、たまたま負傷しただけだ…………路傍の石が、不慮の事故に遭った程度の話だ」

「そんな馬鹿みたいな言い訳しないで下さい! このままでは、お兄様が……お兄様が……」

「ああ、死ぬな……このまま何もしなければ、一時間も持つまい」

「――っ!?」


 容赦ないライルの言葉に、リリィの体がビクッ、と大きく跳ねる。


「私は……私は……」


 呆然と呟くリリィの目からはさらに多くの涙が溢れ出し、ライルを失うかもしれないという恐怖から歯がガチガチと鳴りはじめる。顔からは血の気が失せて青色を超えて蒼白になり、どうにかしなければと何度も手を上げては下げる行為を繰り返す様は、まるで、はぐれてしまった親を必死に探す迷子のようであった。


 そんな極限状態まで追い込まれたリリィに、ライルは良く言い聞かせるように、口の端から血を流しながらも力を込めて話す。


「いいか、リリィ……いくら勇者とて、万人を救えるわけではないのだ。どうしても命の取捨選択を迫られる時が来る……わかるな?」

「……は、はい」

「優しいお前のことだ。あの三人の男の命も救おうとしたのだろう?」

「ち、違います。私は……」

「皆まで言わなくていい」


 素直に全てを吐露しようとするリリィの口を、ライルは人差し指で優しく塞ぐ。


「だが、これだけは忘れるな。お前には、是が非でも守らねばならない命があるだろう?」

「はい、それは勿論、お兄……」

「違うな……何度も言うが、我の命ほど軽いものはない」


 ライルはかぶりを振ると、目隠しをされ、身動き一つしない子供を顎で示す。


「あの子供を、無事に母親の下へ送り届けることが真の目的だ。そのことを決して見誤るな」


 射貫くような目線で想いを伝えたライルは、震える右手を掲げて灯りの魔法を唱える。

 ライルの右手から生み出された、人の頭と同じくらい大きさの光の玉は、洞窟の天井付近で停止すると、煌々と輝いて室内全体を照らし出す。


 そうして露わになった三人の男たちを見てライルはニヤリと笑うと、託すようにリリィの目を見る。


「お膳立てはしてやったぞ。リリィ……後はお前次第だ」

「お兄様……」

「勇者としての在り方を見せてみろ。いいか? 余り我を失望させるなよ」

「はい、お任せください!」


 涙を拭いて勢いよく立ち上がったリリィは、三人の男たちを睨みながらナイフを構える。


「最後にもう一度だけ言います。今すぐ引いて下さい。それも叶わないのであれば、あなたたちを……倒します」


 よく通る声でリリィが宣言するが、三人の男たちは立ち去る素振りを見せることはない。


「なあ……」

「ああ、わかってる」


 それどころか、同時に襲いかかれば勝てると思っているのか、二人の男が互いの得物を構えながらリリィへと迫る。


「……わかりました。それがあなたたちの答えなのですね」


 同時に駆け出す男たちを見て、これまで防戦一方だったリリィは初めて自分から前へと出る。


「申し訳ありませんが、お兄様をお救いする為、すぐに終わらせます」

「ハッ、舐めるなよ!」


 リリィの見下したような態度に、前を走る男が手にした剣を大きく振りかぶる。


「攻撃を防ごうが、避けようが二の矢でお前を仕留めるこの連携……そう簡単に受け止めきれると思うなよおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!」


 男は雄叫びを上げながら、大上段から剣を振り下ろす。


 わざと大振りの攻撃を仕掛け、相手が防御や回避をしようが、カウンターで反撃しようが、すぐ後ろを走る男がターゲットを倒す。男たちの必殺の連携だった。


 この連携攻撃で、つい最近も熟練の冒険者を倒したことがある男は、今回も上手くいくと踏んでいた。

 だが、


「遅いです!」


 男の剣が勢いづくより早く、一瞬で距離を詰めたリリィが、目にも止まらぬ速さで男の横を駆け抜ける。


 次の瞬間、男の首と両腕の手首から先が、血潮を撒き散らしながら弾け飛ぶ。


「……えっ?」


 首を刎ねられた男は、何が起きたのかも理解できぬまま間抜けな声を上げる。


「まさ……か……」


 驚愕に目を見開き、宙を舞う視界の中で男が最後に見たのは、驚いて防御姿勢を取るが、防御した剣ごと体を二つに切り裂かれる仲間の姿だった。



「……終わりです」


 二人の男を一瞬で斬り捨てたリリィは、ナイフを振るって血糊を飛ばしながら残った男へと目を向ける。


「さあ、残ったのはあなただけです。覚悟はいいですか?」

「なっ……クッ、だがまだ終わらんよ!」


 残った最後の一人は、鋭く尖った歯を見せて笑うと、自分を抱くように体を縮める。


「あがっ……がが…があああああああああああああああああああぁぁ!!」


 男が雄叫びを上げると、体が着ている服を突き破って爆発的に膨れ上がり、頭から二本の角が、背中から一対の翼が生え、体の色が紫色になっていく。


「ヘヘッ、どうだ……まさか俺様の真の姿が、上級魔族ベリアル七十二柱の一人だとは思わなかっただろう」


 全長三メートル、筋骨隆々の魔物ベリアルへと変貌した男は、勝ちを確信したかのようにずらりと並んだ牙を見せてニヤリと笑う。


 だが、


「莫迦な奴だ……」


 ベリアルへと変身した男を見て、遠巻きに見ていたライルは呆れたように肩を竦める。


 先程までリリィが苦戦したのは、相手が人間だったからだ。

 あのベリアルが七十二人兄弟姉妹の何番目かはわからないが、この程度の魔物がリリィの相手になるはずがなかった。


 化物と変化した男に屈することなく、真っ直ぐ斬り込むリリィを見て、ライルは口元に笑みを浮かべる。


「リリィ……いけ!」

「やああああああああああああああああぁぁ!!」


 ライルの声に応えるように、リリィは一陣の風となってベリアルへと斬りかかった。

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