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迷子を捜して

「ふぅ、イタタ……」


 リリィは岩を蹴った衝撃で痛むつま先を擦りながら、ライルがいる場所に向かって声をかける。


「お兄様、申し訳ございません。こんな事態になってしまって」

「我は別に構わんが……それよりこの暗闇を早くどうにかしろ」

「あっ、すみません」


 ライルの急かすような声に、リリィは背嚢を降ろすと、手探りで火を点ける道具一式を取り出す。

 そうして火を点けようとするが、


「……あれ? あれ?」


 手元が全く見えないので、リリィは思うように火種に着火することができないでいた。


「お兄様……すぐに…………点けますから…………待ってて下さいね」


 リリィは平静を装いながらカチッ、カチッ、と火打石を打ち鳴らし続けるが、一向に火が点く気配はない。


「…………やれやれ」


 このままでは埒が明かないと思ったライルは、灯りの初級魔法、ライトを使って小さな光の玉を生み出すと、リリィの手元を照らしてやる。


「ほら、これでできるだろう?」

「あ、ありがとうございます……あっ、点いた」


 ライルの魔法のお蔭で、苦戦しながらもどうにか火を点けたリリィは、小さな火種を消さないようにそっとランタンへと移す。


 無事に光源を確保したリリィは、ランタンを掲げながらライルへと笑いかける。


「お兄様、お待たせしました」

「ああ、次からは自分一人で点けられるようになるんだな」

「はい、善処します」


 手出しはしないと言いつつも、本当に困った時には手助けしてくれるライルの優しさに、リリィは笑顔が零れるのを止められなかった。


「それでは、参りましょうか」


 最後にもう一度自分の装備品を確認したリリィは、カンテラを掲げて前方の安全を確認すると、静かな足取りで洞窟の奥へと向かった。




 村長が約束を守ってくれるかどうかわからないが、洞窟に入ったという子供を見つけないことには外には出られないので、ライルたちは一先ず地図を頼りに洞窟の奥を目指すことにした。


「ところでお兄様は、今回の依頼についてどう思いますか?」

「どう思う……とは?」

「子供が洞窟に入ったという話です。本当に子供が中に入ったと思いますか?」

「……わからん」


 不安そうな視線を送ってくるリリィに、ライルは思ったままのことを口にする。


「ハッキリ言って村長はじめ、胡散臭い奴ばかりだが……」

「……ですが?」

「あの母親の涙だけは本物であったと思う。確信があるわけではないが、あの態度……我が怪我を負った時の母と似ていた」


 そう言ってライルは、傷痕が残る自分の額にそっと手を当てる。


 ライルにはこの傷を負った時の記憶も、実際にどれだけの痛みがあったかは知らない。

 だが、レイラが額の傷痕を見る度に僅かに表情に陰りが浮かぶのを見て、ライルは胸の奥がチクリと痛むのを自覚していた。


「お兄様……そう……そうですよね」


 物憂げな表情で額を撫でるライルの一言で踏ん切りがついたのか、リリィは両拳を握りながら大きく頷く。


「お兄様、あのお母さんの息子さんを絶対に見つけて笑顔にして差し上げましょう」

「ああ……といっても我は何もせぬから、そのつもりでな」

「ええ、わかってます。お兄様は私の活躍を見ていて下さい」


 背後にライルがいるだけで絶対的な安心感を得られるリリィは、まだ発展途上の胸を強く叩くと、カンテラを手に洞窟の奥へと足を踏み入れていった。




「……寒いですね」


 岩肌が剥き出しの洞窟は外と比べるとかなり寒く、肌を撫でる風の冷たさにリリィは堪らず外套をしっかりと体に巻き付ける。


 疑わしいことこの上ない村長からもらった地図は、意外にも正確で、ライルたちはここまで迷うことなく進むことができていた。


 そうして洞窟に入ってどれぐらいの時間が過ぎただろうか?

 地図で道を確認したリリィは、暗闇の先を照らしながらライルに話しかける。


「お兄様、あのお母さんの子供は一体何処まで行ったのでしょうね?」

「そうだな、少し妙かもしれんな」

「妙……ですか?」

「ああ……」


 どういうことかと目で訴えてくるリリィに、ライルは闇の向こう側を見据えながら静かに話しだす。


「考えてみろ。我々がこの洞窟に入ってどれだけ進んだと思う? 都度、地図を確認しているとはいえ、年端もいかない子供がこの洞窟を迷うことなく進むことができると思うか?」

「それは……確かに」


 普通に考えて、洞窟の存在すら知らなかった子供が明かりも持たずに、こんな洞窟の奥までやって来ることなどあるだろうか?

 そんなことはあるかもしれないが、可能性は限りなく低い。そう結論付けたリリィは、先程までの自信が急に揺らぎ出し、堪らずライルに尋ねる。


「も、もしかして、あのお母さんが嘘を言っていたということですか?」

「そうではない。我が言いたいのは、子供はこの洞窟に好奇心で入ったが、その後、何かしらの理由で出られなくなったのではないかということだ……例えば、洞窟にいた者に捕まったとかな」


 昨日の夜、村長たちから何をするかをある程度は聞いているライルであったが、子供を巻き込むなんてことは聞いていない。

 おそらく、予定にない子供が洞窟内に入ってきてしまったため、作戦の邪魔にならないように意識を奪って何処かに隔離しているか、はたまた存在そのものが邪魔だと口を封じたか……。


 どちらにしても、最悪の事態は十分にあり得ると想定して動くべきだろうとライルは考えていた。


「あっ……」


 すると、何かに気付いた様子のリリィが声を上げる。


「お兄様、あれ……」


 そう言ってリリィがカンテラを掲げると、少し先の広場となっている場所に、小さな影が転がっているのが見える。

 カンテラを高く掲げて先の方まで見えるようにしてやると、その影が小さな子供であることがわかった。


「いた!」


 意識がないのか、地に伏したまま微動だにしない子供を見て、リリィは慌てて子供へと駆け寄る。

 だが、その途中、


「リリィ!」

「――っ!?」


 ライルの逼迫したような声が聞こえ、リリィは反射的に急制動をかけながらナイフを掲げて防御態勢を取り、聞こえてきた風切り音に合わせてナイフを構える。

 次の瞬間、リリィの首元でガキィィン! という甲高い金属音が火花を散らしながら響き渡る。


「チッ……」


 さらに何者かの舌打ちのような声が聞こえたと思ったら、その気配はあっという間に闇の中へと消えていく。


「お、お兄様……ありがとうございます」


 危機を脱したリリィは、大きく飛び退いてライルに感謝の意を伝えながらも、その表情には戸惑いの色が浮かんでいた。

 その理由は、接敵した者の正体にあった。


「まさか……人間?」


 魔物ではない、同じ人間が敵という事実にリリィは全身から汗が吹き出すのを自覚する。

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