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消えた村長

 ――翌日、窓の隙間から僅かに差し込む光の刺激に、リリィの瞼がゆっくりと持ち上がる。


「うぅ……ここは……」

「起きたか?」

「……うぇ?」


 すぐ脇から聞こえたライルの声に、まだ意識がはっきりしないリリィは、ゆっくりと首を巡らせて声のした方を見やる。

 すると暗闇の中、こちらの顔を覗き込むようにしているライルと目が合う。


「お、お兄……様」

「ああ、大丈夫か?」


 ゆっくりと首肯したライルは、手を伸ばしてリリィの額へと手を当てる。


「それで、調子はどうだ?」


 実はリリィが眠っている間に、体に入った毒を解毒魔法で取り除いていたライルは、その成果を確認したいと思っていた。


「何処か調子が悪いところや、気分が悪かったりしないか?」

「えっ? そ、そうですね……」


 突然の言葉に驚きながらも、リリィはゆっくりと石のベッドから身を起こして体の調子を確認する。

 両手を開いたり閉じたりを繰り返し、大きく伸びをしたリリィは、ライルの目を見て自信を持って頷く。


「特に問題はないと思いますが……何か気になることでもありますか?」

「いや、不調でないのなら問題ない」


 ライルはゆっくりとかぶりを振ると、リリィから手を離して密かに安堵の溜息を吐く。

 どうやらリリィの体内に入った毒は幸いにも完全に抜け落ち、これといった後遺症が出た様子もなかったからだ。


 だが、自分が一服盛られたとは露ほどにも思っていないリリィは、不安そうな顔でライルへと尋ねる。


「あ、あの……お兄様。私、何かいけないことでもしましたか?」

「そうではない。ただ、環境が変わった所為で体調に変化が起きていないか気になっただけだ」

「そうですか……ですが、それなら問題ないです」


 そう言って頬を赤く染めたリリィは手を伸ばすと、ライルの服の袖を掴む。


「だって、お兄様がいて下さいますから。それだけで私は十分過ぎるくらい元気でいられます」

「そうか……まあ、ほどほどにな」

「はい!」


 呆れたように苦笑するライルに、リリィは元気よく返事をすると、勢いよくベッドから飛び起きた。




 ライルの解毒魔法によって毒を抜かれたリリィは元気そのものだったが、村長の家に住む他の者はそうはいかなかった。


「ふああぁぁ……勇者様、おはようございます」


 陽は既に昇り切り、目覚めるには少々遅い時間となったが、睡眠薬がまだ体から抜けきっていないのか、村長の嫁である老婆は大きな欠伸をしながら、眠気が抜けきらない顔で挨拶してくる。


「申し訳ありません。年のせいか昨日の疲れが残っているようでして……」

「いえいえ、お気になさらずに……あっ、危ない」


 フラッ、とそのまま倒れそうになる老婆に、リリィは慌てて手を差し伸べて支える。


「あの、私たちのことでしたらお気になさらずに結構ですから、どうか今は休んでください」

「そ、そうですか……それじゃあ、すみません。お言葉に甘えさせていただきます」

「いえ、こちらこそ泊まる場所を提供していただき、ありがとうございました」


 今にも眠ってしまいそうな老婆を支えたリリィは、お礼を言いながら彼女を部屋まで送っていく。


 どうやら起きて来たのは老婆一人だけのようで、他の者はまだ眠っているのか、村長の家はしん、と静まり返っている。


「……ふむ、村長は既にいないようだな」


 無遠慮に他の部屋を開けて家の中を改めていたライルは、村長の姿がないことに確認して眉を顰める。


(どうやら、既に我々を嵌めるために動いたか……はたまた恐れをなして逃げ出したか)


 後者の可能性は限りなく低いだろうが、起き抜けに襲われることはなさそうだった。

 地下に閉じ込めた冒険者たちに対して非道の限りを尽くす村長も、自分の家族に害を及ぶのは是としないようだ。


(まあ、流石にリリィに、何も知らない連中を殺させるわけにはいかないからな)


 いざという時はライル自信が自らの手を汚すのは構わないと思っているが、リリィの教育に悪影響を及ぼすような真似は避けたいと思っていた。


 その後、老婆を寝室に寝かしてきたというリリィと合流したライルは、村長に挨拶したいという彼女をどうにか説得して家を後にした。


「村長さん。何処に行っちゃったんでしょうね」


 家族全員が寝ているのに、ただ一人姿の見えなかった村長の身を案じ、リリィは胸に手を当てて祈るように呟く。


「村長さん……無事だと言いですね」

「別に心配する必要あるまい。別に再会したいとも思わんしな」

「もう、お兄様ったら……」


 ライルの突き放したような物言いに、リリィは思わず苦笑してしまうが、兄の性格を熟知しているので、異論を挟むようなことはしない。


 村長の家の誰もが起きて来なかったため、予定より少し遅い出発になってしまった。

 本日の目的地である乗合馬車の停留所までたどり着くためにも、今は一刻も早い出発をしようと思っていた。


 だが、


「ゆ、勇者様!」


 旅立とうとするリリィたちの下へ一人の女性が駆けて来て、跪いたかと思うと、地面に手を付いて深々と頭を下げる。


「勇者様、お願いします。どうか……どうか助けて下さい!」

「な、何があったのですか?」

「私の……私の息子が、消えてしまったんです!」

「えっ……」


 滂沱の涙を流しながら訴えてくる女性の言葉に、リリィはライルと顔を見合わせる。


 それは新たなクエストへの誘いであった。

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