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夜がはじまる

 少し気まずい空気が流れた時間もあったが、宴は何事もなく終わり、ライルたちは村長宅にある客間へと案内された。


「わあぁ……」


 部屋に入ったリリィは、二人で泊まるには十分過ぎる広さに喜色を浮かべながら室内を物色していく。


「見て下さい、お兄様。お部屋だけでなく、ベッドまで石で造られていますよ」


 初めて見る石で造られたベッドに、興味津々のリリィはいそいそと上に乗って寝心地を確かめてみる。


「あっ、なるほど……ベッドの上に干草と、綿を詰めた袋が敷いてあるんですね。これなら快適に眠れそうですよ、お兄様」

「…………」

「……お兄様?」


 呼びかけにライルが反応を示さないことを不思議に思ったリリィは、顔を上げて兄の様を見やる。

 当のライルは、閉じている扉をジッ、と凝視したまま何やらブツブツと独り言を呟いていた。


 一体、我が兄は何をしているのだろうか? 不思議に思ったリリィはゆっくりと腰を上げてライルへと近付く。


「あの……お兄様?」


 邪魔しないように息を殺して近付き、そのままライルの背中に手をかけようとしたところで、


「触るな!」

「――っ!? は、はい」


 ライルの鋭い声に、リリィは伸ばしかけていた手を慌てて戻すと、力なく手を降ろしながら申し訳なさそうに顔を伏せる。


「そ、その……申し訳ございませんでした」

「……いや、我も少し言い過ぎた」


 ライルはゆっくりと顔を上げると、振り返って肩を落としているリリィの肩に手を乗せて笑いかける。


「すまぬな。魔法を施行していたので集中を切らしたくなかったのだ」

「魔法……ですか?」

「ああ、念の為にな……不審者が侵入しないように防犯の魔法をかけておいた」

「防犯の魔法……そんなのあるんですね。私、初めて知りました!」

「フッ……まあ、子供だましみたいなものだがな」


 そう言ってライルは薄く笑うと、ドアノブを指差す。


「というわけだ。朝まで迂闊にドアノブには触れないように。もし、トイレなどに行きたい場合は、我に声をかけるがいい」

「はい、わかりました」

「……といっても、その心配はないと思うがな」

「えっ、それはどういう……」


 その瞬間、リリィの体がぐらり、と揺れたかと思うと、そのまま前方に突っ伏しそうになる。


「おっと」


 だが、その前にライルが手を伸ばして倒れそうになるリリィを支える。


「おに…………ま…………すみま…………せん」

「大丈夫だ。問題ない」


 意識が朦朧としているリリィの目にかかった前髪をどけてやりながら、ライルが優しい声音で話す。


「今日の疲れが一気に出たのであろう。心配せずともベッドまで運んでやるから、そのまま眠りにつくがいい」

「は……い…………ありが…………」


 限界が来たのか、リリィは言葉半ばでがっくりと力なく項垂れると、そのままライルの腕の中で寝息を立てはじめる。


「…………やれやれ」


 気持ちよさそうな寝息を立てているリリィをお姫様抱っこしたライルは、ついさっきまで彼女が夢中になっていた石のベッドに横たわらせる。

 風邪をひかないように、リリィの外套(マント)を上に羽織らせたライルは彼女の口を開けると、手を扇いで口の中の匂いを嗅ぐ。


「この臭い……やはり睡眠薬が盛ってあったか」


 野生の植物には、煎じて食品に混ぜると睡眠効果が得られるものがあるが、出された夕食の中……おそらくオオトカゲのスープか、魚の蒸し焼きのどちらかに睡眠薬が盛られていたとライルは推測する。


 実はライルは夕食に一服盛られることを想定して、自身が口にする物は、村長が口にしていた物だけを選んで食べていたのだ。


「……まあ、用心しておいた甲斐はあったな」


 おそらく、何も知らない一部の者や子供たちは、今頃リリィと同じようにぐっすりと眠っていることだろう。



 相手が仕掛けてくるなら、このタイミングをおいてないだろうが、この部屋、唯一の出入り口である扉は、ライルの魔法によって罠が仕掛けられている。


「さて、ここからどうしたものかな」


 ライルは眠っているリリィの寝顔を見ながら、これからどうするかを考える。


 ただの人間である彼等に自分の罠が抜けられるとは到底思えないが、このままではこの村から無事に出ることも難しいだろう。

 自分から動く手もあるが、基本的に裏方に徹すると決めているライルとしては迂闊に動きたくはない。それに、魔物ではない村人を証拠もなしに虐殺したとなれば、リリィに要らぬ悪評が立ちかねない。


 それに、村人たちの目的もまだ理解していないし、誰が敵で、誰がそうでないのかも明白ではない。


「…………せめて連中の目的だけでも理解しておく必要があるか」


 それでリリィの成長の糧となるのであればよし。そうでないのなら、自分が人知れず排除すればいい。

 そう判断したライルは、先ずは連中の目的を探るために動くことにする。


 自分の荷物から外套を取り出して羽織ったライルは、大きく息を吸うと、


僕だけがいない土地アランド・ウイズアウトミー


 光の屈折率を変え、自身の姿を相手の視界に映らなくする魔法『僕だけがいない土地』を発動させ、一瞬だけ罠を解除して部屋から退出していった。



 ちなみに、魔王時代にこの魔法を見せた瞬間から、同性の魔物たちからはその魔法を教えてくれと懇願され、異性の魔物たちからはセクハラだと次々に訴えられ、もういくつ目になるかわからない不名誉な称号を得たのは言うまでもなかった。

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