平和な石の村
郵便屋と別れたライルたちは、地図にある麓にある村に向かうため、石でしっかりと舗装された街道を進む。
道幅は広く、見通しもかなりいいので、ここで敵とエンカウントすることになっても十分な準備はできるだろうし、郵便屋が言っていた冒険者が行方不明になる原因となる何かと出会うことになっても、どうにでもなるだろうとライルは考えていた。
(……まあ、それでも油断はしないに越したことはないだろう)
そう思ったライルは密かに神々の領域を自分たちの周囲にだけ展開させ、せめて魔物による脅威だけは排除しておく。
この世界の魔王は、生まれたばかりの赤子にベリアルという凶悪な魔物を差し向ける卑劣な作戦を平気でする輩であるから、これぐらいの備えは当然だった。
「……石で道を造るって凄いですね」
ライルが密かに周囲を警戒している中、山間の村には存在しなかった石の道に、リリィは硬い石の感触を楽しむように、跳ねるように歩く。
「これを造るのに、一体どれだけの石が使われたのでしょうね?」
「さあな……ただ、こういうのが造られるということは、この辺は石材が豊富にあるのだろう」
「そうなのですか?」
「そうだ、おそらくこの辺を開拓する時に、大量の石が出て来のだろう」
ライルはコツコツ、と足元の白い石を足で踏み鳴らしながら周囲を見やる。
鬱葱と茂る樹木だけが目立った山間部とは違い、街道の周囲に見える草原の中に、大小様々な岩が転がっているのが見て取れた。
「そして石材として使用する分を確保した後、その余った石を使って道を造ったはずだ」
「なるほど、言われてみれば道の脇にも大きな石がゴロゴロと転がっていますね」
「そういうことだ。おそらくこの先にある村も石でできた家が見れるはずだ」
「なるほど! 流石はお兄様ですね」
「……これぐらいどうということはない」
リリィの手放しに誇ることなく、ライルは軽く肩を竦めると再び歩きはじめる。
「いくぞ、陽が落ちる前に村に着きたい」
「は~い」
リリィは元気よく返事をすると、嬉しそうにライルと肩を並べて歩いた。
そのまま石の街道を進んだライルたちは、神々の領域の力もあり、一度も魔物とエンカウントすることなく、空が茜色に染まる頃には目的の村まで到達することができた。
村の門を閉めかけていた門番に事情を説明して村に入ったところで、禿頭に髭を蓄え、杖をついた老人が話しかけてくる。
「どうも、私が村長です」
「えっ?」
「お待ちしておりました。勇者様ですね」
「あっ、はい……」
いきなり馴れ馴れしく話しかけてきた村長に戸惑いながらも、リリィは笑顔を浮かべてペコリと頭を下げる。
「はじめまして、村長さん。私はこの度、勇者として選ばれたリリィと申します」
「おお、これはこれはご丁寧にどうも……実にご立派な勇者様ですな」
「そんな……立派な勇者だなんて」
リリィが自分の頬に手を当てながらイヤイヤとかぶりを振る姿を見て、村長は嬉しそうに双眸を細める。
だが、その視線を横にスライドさせたところで、何やら腕を組んで仁王立ちするいかにも偉そうな男を見て、不思議そうに首を傾げる。
「…………はて、そちらはどちら様ですかな?」
「……我か?」
「そ、そうです」
ライルの額にある大きな傷痕を見て、村長の顔に冷や汗が浮かぶ。
「み、見たところかなりの修羅場をくぐり抜けて来た御仁とお見受けしますが、あなた様は一体…………ヒッ、ぶ、ぶたないで!?」
ライルの射貫くような鋭い眼光を受けて、村長は何もされていないのに怯えたように身を竦める。
「もう、お兄様。ダメですよ、村長さんを困らせては」
「えっ、お、お兄……様?」
思わぬ一言に、村長は目をまん丸に見開きながらリリィに尋ねる。
「あ、あの方は勇者様の……その、お兄様なのですか?」
「はい、自慢のお兄様です」
リリィは手を伸ばしてライルと腕を絡めると、満面の笑みを浮かべて彼の腕に体重を預ける。
「ちょっと怖そうなイメージがありますが、家族想いのとっても優しいお兄様なんです」
「そ、そうですか、ハハハハ……」
幸せそうなリリィを見て、村長もつられるように笑顔を浮かべるが、誰がどう見ても愛想笑いとわかるものだった。
だが、村長の笑顔が引き攣るのも無理なかった。
リリィに寄り添われているライルは、腕を組んで仁王立ちで立ち、明らかに他者を見下すような鷹揚な態度で、ジロジロと周囲を見ている。
長年付き添っているリリィは、ライルのそういった態度に免疫があるから特に気にしていないが、初めて見る者からすれば、見た目の怖さと相まって畏怖するか、鼻につく態度を嫌って忌避するかのどちらかが殆どだった。
「コ、コホン……ま、まあ、いいでしょう」
本当はこんな見るからに怪しい人物を村に入れたくないと思う村長だったが、勇者の親族と言われては無下にするわけにもいかないと割り切ることにする。
「こんな小さな村でたいしたおもてなしもできませんが、よかったら今宵はこの村にお泊まり下さい」
「はい、ありがとうございます!」
リリィは腰を九十度折り曲げて村長に謝意を告げると、ライルに向かって「よかったですね」と笑いかける。
「…………お兄様?」
だが、そこでリリィはライルが笑っていないことに気付き、訝し気に眉を顰める。
「お兄様、どうかしましたか?」
「あ、ああ……」
村長の方をジッと見ていたライルはゆっくりとかぶりを振ると、リリィの顔を見て微笑を浮かべる。
「いや、なんでもない。とりあえず、日が暮れる前に村に着けてよかったな」
「お兄様が地図を読んで下さったお陰ですね」
「フッ、そんなわけないだろう」
ライルは右手を上げると、手を伸ばしてリリィの頭を撫でる。
「今日の結果は、リリィが頑張ったからだ。決して我の成果ではない」
「エ、エヘヘ……そうですか?」
「ああ、誇るがいい」
頭を撫でられて嬉しそうに笑うリリィを見ながら、ライルは首を巡らせて改めて村の様子を見る。
石の街道で予想した通り、およそ三十戸ある村の家屋は全て石で造られている。
さらに井戸や納屋、小川に架かる橋まで全て石で造られており、この村が石材によって発展したであろうことが伺えた。
こんな辺境な地にある村にも拘わらず意外にも裕福な人が多いのか、村人たちの血色はよく、生活に困ってやせ細っている人や、みすぼらしい格好をした人は見当たらない。
村は平和な時が長く続いているのか、見渡す限りには魔物たちに襲われたような痕跡は見当たらず、門兵が装備している武具も夕陽の光を受けて輝かしい光を放っている。
正に村は平和そのもので、住んでいる人もリリィたちのことを仲のいい兄妹と認識したのか、こちらに向けてくる視線も友好的なものへと変わっている。
(だが…………)
ライルは笑顔でこちらを見ている村人たちの様子を見ながら、胸がざわつくのを感じていた。
一体この違和感の正体が何なのかは、ライルにはわからない。
(…………まあ、我は自分にできることをするだけだ)
リリィの救世の旅を邪魔する者は排除する。
改めて自分の決意を確認したライルは、リリィたちを歓待したいという村長の申し出を受け入れ、彼の家へと向かった。