真の勇者となるために
地図が読めるライルの指示の下、二人は生まれ育った山を下りて行った。
途中に何度か休憩を挟みつつ、迷いなく進み続けた結果、まだ明るいうちに山を下りきることができた。
「わぁ……あれが、私が育ってきた山なんですね」
広い街道に出て暫く、故郷の山の全貌が見えるところまで来たところで、リリィは後ろを振り返って感慨深げに呟く。
「村は……どの辺りにあるのでしょうね?」
「あそこだ」
リリィの呟きに、隣に立つライルが地図をしまいながら山を指差す。
「あの二つならんだ山の少し窪んだ部分があるだろう。あの木々が途絶えているところだ」
「ど、何処ですか?」
兄より身長が低いリリィは、ぴょんぴょんと跳ねながらライルが指差す方向を必死に見やる。
だが、頭一つ身長の差がある両者では見えている世界が違うので、リリィではライルが指差す場所が理解できなかった。
「うぅ……お兄様、見えませんよ」
「……仕方のないやつだな」
ライルは呆れたように嘆息しながらも、リリィにも理解できるようにと、彼女の身長の位置まで膝を曲げ、もう一度指を指す。
「ほら、あそこだ。あの山の頂上から真っ直ぐ下にいけば……わかるか?」
「あっ、はい! わかりました。あそこですね!」
自分の故郷の場所を理解したリリィは、大きく頷きながら感慨深げに呟く。
「私……本当に冒険の旅に出たんですね」
「何を言っている。まだ始まってもいないぞ」
「えっ?」
どういうこと? と頭に疑問符を浮かべるリリィに、ライルは人差し指を立てながら説明する。
「リリィ、お前は神に選ばれた勇者ではあることに間違いないが、それだけではまだ足りないのだ」
「足りない……ですか?」
「ああ、勇者とは、周りの者に認められて初めて勇者となるのだ。そして、その為に最も手っ取り早いのが、王にリリィが勇者だと認めてもらうことだ」
「なるほど、だから最初に王様のところに行く必要があるんですね」
「……お前、理解していなかったのか?」
「えっ? えへへ……」
図星を受けて、リリィは照れくさそうに笑いながら後頭部を掻く。
「お前な……前に説明しただろう」
出来の悪い教え子に呆れながらも、ライルは今一度、王に謁見する理由を話す。
「冒険者というのは、自由に世界を冒険できるわけではない、というのは理解しているな?」
「えっと、国と国を移動するには関所を超えないといけなかったり、国が管理する洞窟やダンジョン、危険区域に入ったりするのには特別な許可がいるのですね?」
「そうだ。だが、勇者として認められれば、どの国の関所も通行料無しで通過できるし、危険区域にも無許可で立ち入ることができるのだ」
他にも陸路だけでなく、海路でも勇者が同行している船は検閲を受けることなく入国できたり、武器防具や宿屋などの商業施設を優先的に使用できるなど、普通の冒険者と比べると、比べ物にならないくらい破格の待遇を受けることができる。
それだけ多大な特権が得られる勇者という立場だからこそ、その任命は王によって大々的に行われ、多くの人に認知できるようにするのだ。
「だから王に勇者と認められて、初めて勇者リリィの冒険が始まるのだ」
「そうでした。でしたら早く、王様のところに行きませんと」
「そういうわけだ。今日は近くの村までだが、明日は駅馬車のある街まで行くぞ」
「はい!」
次の目的地を聞いたリリィは、ライルから離れて元気よく返事をする。
十分に休憩を取った二人は、荷物をまとめて地図にある村を目指して歩き出そうとする。
「あれ、リリィさん……」
すると、何者かがリリィに気付いて近付いてくる。
大きな袋を背負った青年は、被っている帽子を取ってペコペコと頭を下げながら話しかけてくる。
「あ、あの、私です。いつもご自宅に手紙を運んでいた」
「あっ、郵便屋さん!」
直接話した回数は数えるほどだが、見知った顔の登場にリリィの顔に笑みが灯る。
「うわぁ、まさか村の外で知っている方に会えるとは思いませんでした」
「こちらもまさかリリィさんに会えるとは思いませんでした……でも、ここにいるということは?」
「はい、勇者として救世の旅に出ることになったんです」
「おおっ、ついにですか。それではこれから王様のところへ向かうのですね?」
とうとう璃々が勇者として旅立つと聞いて、郵便屋は興奮したように鼻息荒くなるが、すぐに何かを思い出したように表情を曇らせる。
「で、でも、そうなるとレイラさんは……」
「ママなら大丈夫ですよ。おばあちゃんもいますし、村の皆もいます。それに、郵便屋さんもママに会いに行ってくれるんですよね?」
「えっ、は、はい、勿論です!」
「じゃあ、大丈夫ですよ」
密かに郵便屋がレイラに想いを寄せていることなど知る由もないリリィは、無邪気に笑う。
「もし、ママに会ったら私たちは元気にしていると伝えておいてください」
「それは……勿論です。リリィさんも、お元気で」
「はい、また会いましょう」
思わぬ邂逅ではあったが、特段長居する必要もないので、挨拶もそこそこに郵便屋と別れることにする。
「あっ……」
するとそこで、何かを思い出した郵便屋が再びリリィへと話しかける。
「そういえば一つ気になる噂があるのですが、ここ最近、この辺で冒険者たちが次々と行方不明になる事件が起きているみたいなんです」
「冒険者が……ですか?」
「ええ、といっても実力のない冒険者が魔物に襲われて死んだだけの可能性もありますし、勇者様なら何も問題ないと思いますので、頭の片隅にでも置いておいて下さい」
「……わかりました。十分気を付けたいと思います」
全く要領を得ない内容であるが、忠告はありがたく受け取るべきだと思ったリリィは、深々と頭を下げて謝意を伝える。
「それでは、今度こそ行きますね?」
「ええ、良い旅を」
立ち去るリリィに、郵便屋は手にした帽子を振りながら笑顔で見送った。
そのまま二人は綺麗に別れるかと思われたが、
「……おい」
立ち去ろうとする郵便屋の背後に、足音も立てずに近付いたライルが、彼の肩に手をかけながら小声で囁く。
「お前が我たちの母をどう思おうが勝手だが、命が惜しくば、余計なことは考えぬことだ」
「……えっ?」
「二度は言わぬ。いいな?」
「…………」
その有無を言わさぬ迫力に、郵便屋は顔を青くさせながらコクコクと頷く。
恐怖で固まる郵便屋を見てライルは満足そうに頷くと、彼の背中をポン、と軽く押す。
「話は以上だ。行け」
「ヒ、ヒイイイイイイイイイイイイイイィィィ!」
ライルからの殺気を受けた郵便屋は、情けない悲鳴を上げながら一目散に逃げていった。