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初エンカウント

 ライルが山奥の村を旅立った頃、先を行くリリィは、肩を落としながらトボトボと土を踏み固めて造られた山道を進んでいた。


「うぅ、お兄様…………ママ……おばあちゃん」


 笑顔で家族たちと別れたリリィであったが、村が見えなくなってすぐ、笑顔を引っ込めると、グズグズと泣き出してしまっていた。


 勇者として神に選ばれたとはいえ、リリィはまだ大人の仲間入りすらしていない十五歳の少女だ。

 昨日まで家族の庇護の下、村を出ることもなく幸せに暮らしていたリリィに、いきなり冒険者の旅に出ろと村の外に出されて泣くなという方が無理であった。


 普通の少女であれば、このまま蹲って誰かが迎えに来るまで泣き続けてしまってもおかしくなかったが、立派な勇者になるために厳しい指導を受けてきたリリィは、ライルの想いに応えるためにも、ここで膝を付くわけにはいかないと思っていた。


「ぐすっ、こんな時勇者だったら……きっと前だけ見て進むはずだってお兄様が言ってた」


 ライルからの教えを口にしながら、リリィは涙を拭いて手にした地図に視線を落とす。


「えっと、確か山から降りて、川沿いに進めば村がある……んだよね?」


 地図の読み方を教わったものの、果たしてこれが合っているかどうかを確かめる術は、実際に山から下りてみるしかなかった。


「…………とにかく、陽が落ちる前にその村に行かないと」


 旅の荷物には野宿するための用意もあるが、初日から……しかも一人で屋根のない場所で眠るのは、まっぴらごめんだった。

 山を下りるのに一体どれだけの時間を要するのか、地図を見ただけでは全くわからないので、リリィは地図をしまうと、できるだけ急いで山を下りることにする。


 だが、そう思った矢先、リリィの斜め前方の茂みがガサガサと大きな音を立てる。


「――っ、誰!?」


 こんなところに人がいるとは思わなかったが、それでもいきなり人に斬りかかるわけにはいかないと、リリィは腰に吊るした銅の剣に手をかけながら茂みへと声をかける。


「お願いです……もし、人であるなら早く出てきてください。出るのが無理なら、声だけでも出して下さい」


 まだ心の整理もまともに出来ていないのに、こんな状況で初の実戦など迎えたくない。

 そう思っていたリリィは、逸る気持ちを抑えながら茂みの方を注視し続ける。


 すると、再びガサガサという音が茂みから聞こえ、中から丸い影が飛び出してくる。


「ぷにゅう……」


 何とも間抜けな声を上げながら飛び出してきたのは、最弱の魔物であるスライム、その中でも最も弱いとされるブルースライムだった。


「ぷにゅぷにゅぅ……」


 茂みから出てきた水色の体躯のブルースライムは、粘性の体をプルプルと震わせながら、リリィの進路を塞ぐように正面に立つ。

 知能など殆どないに等しい最弱のブルースライムであったが、目の前に立つのが魔王に仇なす勇者であると本能で理解していた。


「クッ、戦うしか……ないの」


 臨戦態勢に入ったスライムを見て、リリィはいよいよその時が来たのだと、ゆっくりと腰に吊るした銅の剣を引き抜いて構える。


「大丈夫、相手は最弱のスライムだから……いつも通りにやれば勝てるはず」


 そう自分に言い聞かせながら、リリィは油断なくブルースライムの動きに注視する。

 本当はこっちから斬りかかるべきだと頭ではわかっていたが、どうしてか体が言うことをきいてくれない。


「はぁ……はぁ……」


 走ってもいないのに呼吸は荒くなり、真っ直ぐブルースライムに向けているはずの切先は、さっきから何度も落ち着かせようとしているのに、どうしても震えが止まらない。


「ど、どうして……」


 今にも口から心臓が飛び出してきそうなほど早鐘を打つので、一刻も早く平常心を取り戻さねばと思うのだが、そう思って焦れば焦るほどリリィの心は大きく乱れていった。


 すると、動かないリリィに対し、ブルースライムが体を極限まで縮めると「ぷうにゅううううぅ!」と気合の雄叫びを上げながら大きく跳びあがり、空中からリリィへと襲いかかる。


「く、来る!?」


 真っ直ぐ迫るブルースライムに対し、リリィは横に跳んで回避しようとする。

 だが、足がまるで地面に縫い付けられたかのように、いくら力を籠めてもビクともしない。


「あ、あれ……どうして?」


 思わぬ事態に、リリィは焦ったように自分の太ももを叩きながら「動け、動け!」と連呼するが、まるで自分の足が誰かに奪われたかのように言うことをきいてくれない。

 そうこうしている間に、ブルースライムの体がジャンプの頂点に達し、重力に従って落下を始める。


 ブルースライムは最弱の魔物と言われてはいるが、その攻撃は決して侮れるものではない。


 特に、その粘性の体に取りつかれたら引き剝がすのは容易ではなく、単独で行動する冒険者が顔に張り付かれて、そのまま窒息死させられることも珍しくない。

 故に一人でいる時は、ブルースライムの攻撃を、顔だけには決して受けるわけにはいかなかった。


「こ、こうなったら……」


 避けられないと察したリリィは、せめて直撃だけは避けようと、剣での防御を試みるが、


「あ、あれ? 剣……ない!?」


 太ももを叩くために、剣を手放していたのを失念していたのだ。

 気付けば、ブルースライムの水色の体が眼前まで迫っている。

 最早、回避は疎か防御も不可能な距離だった。


「ぷうにゅううううぅ!」

「きゃ、きゃああああああああああああぁぁっ!!」


 誰もいない山間に、絹を切り裂くようなリリィの悲鳴が響き渡った。

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