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もう一つの旅立ち

「……それがどうかしたのか?」


 自分の所為で誰も見送りに来ない。ローザにそう言われても、ライルには何のことだかわからなかった。


 これまでローザの働きにより、リリィは勇者として特別扱いされていなかったのだ。

 故に、いざ旅立つからといって、わざわざ日々の生活の手を止めてまで来るものではないと思っていた。


「かあぁぁ! あんたは相変わらず馬鹿だね!」


 本気でわからないと首を傾げるライルに、ローザは額に手を当てながら大袈裟にかぶりを振る。


 そのあからさま態度にライルは内心で「ムッ」としながらも、人間の機微を学ぶ機会だと、不承不承ながらローザに質問する。


「……では、どうして村人たちはリリィの見送りに来ないのだ?」

「簡単な話だよ……」


 ローザはゆっくりと右手を上げると、真っ直ぐライルを指差す。


「ライル、あんたがいるからだよ」

「わ、我がいるから……だと?」


 そんなことを言われても、ライルには何のことだがさっぱりわからなかった。

 呆然と立ち尽くすライルに、ローザはある真実を告げる。


「ライル、昨日の夜にここで起こった出来事……あれを見られていたと言ったらどうする?」

「なっ!?」


 ローザの言葉に、ライルの顔が驚愕に染まる。


「その様子だと、どうやら本当に気付かなかったようだね」


 ローザは呆れたように肩を竦めながら、ライルが気付かなかった昨夜の出来事について話す。


「木こりのボンがたまたま夜中にトイレに起きた時、村の中を意気揚々と歩くあんたを見たらしくてね……怪しいと思って尾行したんだとさ」

「そう……か」


 それ以上は聞く必要はないと、ライルは大きく嘆息しながら周囲を見る。

 すると、


「……ヒッ! た、助けて!」

「こ、殺される。逃げろ!」


 たまたまライルと目が合った村人が、悲鳴を上げながら逃げるように去っていくのが見えた。


「……なるほど、随分と人気者になったものだ」


 逃げる村人の背を見ながら、ライルはレイラが自分に旅立つように申し出た理由を悟る。


(どうやら我の居場所は……既にこの村にはないのだな)


 そのつもりは毛頭なかったが、昨日の夜の宣言通りに仕事を探すとしても、この村の中でライルに仕事を斡旋してくれる者は誰もいないだろう。

 それどころか、これ以上ここに留まればレイラたちにまで迷惑がかかる可能性もある。


 それはライルにとっては本意ではないし、元から村から出ていくつもりだったのだ。

 逆に考えれば、下手に言い訳をしなくて大手を振って村から出ていけるのだから、ライルにとって好都合であった。


「わかった」


 深く頷いたライルは、手を伸ばしてレイラから袋を受け取る。

 そのまま真っ直ぐ立ち去っても良かったのだが、ライルは何かを考えるように視線を彷徨わせる。


「その……何だ。ああ……」


 頬を赤く染め、気恥ずかしそうに後頭部をガリガリと掻いた後、ライルは母と祖母に向かって深々と頭を下げる。


「母、それにババ……じゃなくて祖母……今日までお世話にな……りました。ありがとう……ございます」


 これまでの尊大な態度を改め、精一杯の感謝の気持ちを伝えたライルは、振り向いてゆっくりと歩き出す。

 後ろを振り返ることなく歩くライルは、今日までの日々を思い返していた。


 思うところが何もないといえば、そんなことはなかった。


 魔王として幾度となく生と死を繰り返したが、それでも一度も知ることがなかった「愛」という感情を教えてくれた人との別れは、一言で言うと悲しいと思った。


(……本当に、本当に母は我に色んな感情を教えてくれた)


 胸に込み上げてくる感情に戸惑いを覚えながらも、ライルは真っ直ぐ進む。

 とりあえず今は何も考えず進み、前を行くリリィに追いつこう。


 そう思っていると、


「ライル!」


 後ろからレイラが追いかけて来て、ライルのことを思いっきり抱き締める。


「は、母?」

「ゴメンね……」


 驚きながら顔だけ振り返るライルに、レイラは涙を流しながら謝罪の言葉を並べる。


「守ってあげられなくてゴメンね。これまれずっと、誰にも知られずに魔物からこの村を守ってくれたはずなのに……こんな別れ方になってしまってゴメンね」

「……知っていたのか?」

「当然よ。だって私は……あなたのお母さんなんですから」

「…………そうか」


 全く理に適った答えではなかったが、ライルはレイラがそう言うのだからその通りなのだろうと思った。


「……まあ、辛気臭い別れになっちまうが、後のことは任せな」


 すると、ローザが隣にやって来て、肩を叩きながらニヤリと笑う。


「全てが終わったら、あんたはリリィと一緒に帰って来るんだよ」

「だが……」

「悪評を広めたボンの奴は後でぶん殴っておくし、皆が落ち着いたら真実を話して誤解を解いておくよ。あたしの孫は、魔物から村を守っていたヒーローだった、ってね」

「祖母……」

「だから何も心配する必要はないよ。あんたはリリィを、大切な妹を守ってやんな」

「…………わかった」


 二人から激励を受けたライルは、顔を上げて後ろを振り返ると、口角を上げて笑顔を見せる。


「心配しなくても、リリィは絶対に守るし、魔王も必ず倒してみせる。そして……二人で無事に返ってくるよ」

「ええ、信じてるわ」

「それでこそ、あたしの孫だ。存分に暴れてきな」

「言われなくてもそのつもりだ」


 ライルはローザに負けないような底意地の悪い笑みを浮かべて二人に向かって親指を立てると、再び振り返って歩き出す。


 その足取りは、歩き始めた時と比べると、堂々たるもので一切の迷いはなかった。

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