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勇者の旅立ちと

 ――翌日、勇者リリィの旅立ちの日。


 その日は明け方にこそ雨が降っていたが、陽が昇る頃にはすっかりと晴れ渡り、空にはリリィが生まれた時を思い起こさせるような巨大な虹が架かっていた。


 山間の村の入口は、ライルの浄化魔法により、昨夜の鏖殺(おうさつ)などまるでなかったかのようにすっかり綺麗になっていた。

 天からの祝福とも思える大きな虹を背に、この日のために母、レイラが作ってくれた薄い水色の旅装に身を包み、餞別の品がたくさん入った大きな袋を背負ったリリィは、


「うう……お兄様…………」


 目に大きな涙を浮かべてライルの腕にすがりついていた。


「や、やっぱり私一人じゃ無理です。どうか……どうかお城の近くまで付いてきてくれませんか?」

「リリィ……」


 昨日の決意は何処に行ったのか、すっかり弱気モードになっているリリィに、ライルは彼女の体を引き剥がしながら呆れたように話す。


「お前な、ここで我が頷いて付いていったら、その先も同じ方法で我を頼るつもりだろう?」

「えっ、もちろんそうですけど?」

「あのなぁ……」


 素直過ぎるリリィの反応に、ライルは思わず頭を抱えたくなるのをどうにか堪える。


「何度も言うが、これは勇者リリィによる救世の旅なのだぞ。決して我との楽しい旅行ではないのだぞ?」

「で、ですが、私……これまでこの村から出たことがないですし、初めての村の外……しかも王様がいる城に一人で行くなんて無理ですよ!」

「何を言う。これから行く先々で、数多の王と謁見することになるのだ。その最初の一歩で躓いてどうするのだ」

「うぅ、それは何度も伺いましたが……」


 ライルから勇者の在り方として、王との謁見の作法についても既に教わっているリリィではあったが、実際に見たことも会ったこともない王といざ会うとなると、その緊張はひとしおのようだった。


(だが、ここで甘えさせては、救世の勇者としての成長は見込めない)


 そう考えているライルは、自信なさげに俯いているリリィの肩を叩くと、彼女の目を真っ直ぐ見据えながら低い声で話しかける。


「リリィ……」

「は、はい、なんでしょう」

「……余り、我を失望させるなよ?」

「――っ!?」


 ライルからの厳しい一言に、リリィはビクリ、と体を小さく震わせる。

 ハッ、と顔を上げた動揺をみせるリリィに、ライルは真剣な眼差しのまま話しかける。


「リリィ、これまで我から何を学んできた。その我が今のリリィなら問題ないと……勇者として相応しいと認めたのだ。そんな我の期待を、お前は裏切るのか?」

「お兄……様」


 突き放すような言葉の中にも、ライルからの信頼を感じたリリィは、


「…………そうでしたね」


 小さく頷くと、ゆっくりと大好きな兄からようやく離れる。


「正直、今でも怖くて……不安でしょうがないですが、それよりもお兄様の期待を裏切ることの方が、私は怖いです」

「そうか……」

「はい、だから私は……リリィはお兄様の下から旅立って立派な勇者になります!」

「ああ、行ってこい」


 笑顔を浮かべたライルが頷いてみせると、リリィは溢れそうな涙を拭って頷き返す。

 そして見送りに来てくれたレイラとローザの方へと顔を向けると、


「ママ……おばあちゃん、いってきます!」


 そう言いながら二人に感謝の意を伝えるために思いっきり抱きつく。


「見ていて、私、勇者として魔王を倒して世界を救ってみせるから」

「うん、でも無茶だけはしちゃダメよ?」

「そうだよ。辛かったら、いつでも辞めて帰って来てもいいんだからね」

「ハハッ、おばあちゃん……流石に勇者辞めるのはダメだよ」


 ライルに対するのとは打って変わり、孫娘にはとことん甘いローザの態度に苦笑しながらリリィは二人から離れる。

 そうして改めて家族三人を順番に眺めたリリィはニコッ、と笑ってみせると、


「じゃあ、いってきます!」


 そう言うと、大きく手を振りながら救世の旅へと出発していった。




「…………行ったか」


 途中、何度も振り返って手を振ってくるリリィに手を振り返したライルは、彼女の姿が見えなくなると同時に大きく嘆息する。


(やれやれ、一時はどうにかなるかと思ったが、どうにかなったな)


 そう思いながら、後はどうやってリリィの後を()けようかとライルが模索していると、


「ライル……」


 泣いていたのか、涙を拭うような素振りをしながらレイラが話しかけてくる。


「あなたにお願いがあるのだけど、いいかしら?」

「……な、何だ?」


 真剣な面持ちのレイラを見て、ライルは表情を硬くさせる。


(まさか、もう働き口を見つけてあるから、今日から早速行けと言うつもりじゃないだろうな……)


 昨日の今日で仕事先があるとは到底思えないが、この村におけるレイラの人気ぶりと、ローザの顔の広さからすれば、その可能性は十分にあった。

 しかし、流石に十五年も世話になり、これまで知らなかった愛という感情を教えてくれたレイラのことを無下にできないライルは、逃げることなく彼女の次の言葉を待つ。


 だが、そこででてきたレイラの言葉は、思わぬ一言だった。


「お願いライル……リリィの旅に、あなたも付いていってあげて」




「…………えっ?」


 レイラの一言に、一瞬何を言われたのか理解できなかったライルは目を点にして固まる。

 そんなライルに、レイラは荷物の入った袋を差し出してくる。


「ここに旅に必要は物は入れておいたわ。今ならリリィに簡単に追いつけるわ」

「だ、だが……」


 最初からリリィに付いていくつもりのライルではあったが、それは秘密裏に付いていくつもりであって、堂々と隣に並んでいくつもりはなかった。


(これは一体、どういう風の吹き回しなんだ……)


 少なくとも昨日の夜、リリィを送り出す宴の時には、そんな話は微塵も出なかったし、レイラもローザもライルが働くと決意したことを喜んでくれていた。

 それが一体全体どうして、一夜開けたらリリィと共に旅に出ろということになるのだろうか。


「なんだい、何もわからないのかい?」


 混乱したまま呆けるライルに、不機嫌そうなローザが前へ出て来て話し始める。


「ライル……あんた、おかしいと思わないのかい?」

「……何がだ?」

「今の状況だよ。神様に選ばれた救世の勇者の旅立ちだというのに、あたしたち家族しか見送りに来ていないことにだよ」

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