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涙の理由は……

 ――その日の夜、家族四人が暮らすログハウスでは、リリィが勇者として認められ、王都への召喚を祝うパーティーが催された。


 レイラとローザが用意した好物に舌鼓を打ち、沢山の祝福の言葉にリリィは嬉しそうに、終始ニコニコと笑顔だった。



 だが、パーティーも佳境となり、どのように王都に行くかをリリィに話している時、遂にライルの恐れていた事態が起こる。


「そ、そんなの納得できません!」


 レイラとローザが用意してくれた豪華な夕餉を前に、怒りを露わにしたリリィがドン、と机を鳴らしながら立ち上がる。


「どうして王都に行くのが、王様に呼ばれたのが私だけなんですか!?」

「リリィ、はしたないぞ」


 机を叩いた勢いで皿から零れ落ちたブドウを一つ摘みながら、ライルは興奮した様子のリリィに諭すように話しかける。


「我が儘を言っても仕方ないだろう。勇者はリリィ、お前だけなのだ」

「ですが、私がこうして勇者になれるのは、お兄様がいたからで……」

「そんな功績は世の誰にも知れ渡らないし、知る必要もない。我としてはリリィが勇者として立派に務めを果たし、無事に帰って来てくれれば問題ない」

「お兄様……」


 感極まったように目に涙を浮かべるリリィに、ライルは微笑を浮かべながら話す。


「心配せずとも、リリィならもう一人で十分やっていけるよ。それにお前が出て行った後、母たちだけではこの家も寂しかろう」

「あたしにとっちゃ、お前の方が一刻も早く独り立ちしてくれる方が百倍ありがたいけどね」

「……お母様!」


 リリィへの説得の言葉に水を差すローザに、レイラが慌てて止めに入る。

 義理の母親の口を物理的に塞いだレイラは「ホホホ」とわざとらしく笑いながらライルに続きを促す。


「な、何でもないから、さあ、ライル……話を続けてちょうだい」

「う、うむ……」


 ローザの射殺すような視線に、ライルは背中に冷たいものが走るのを自覚しながら、気を取り直してリリィへと向き直る。


「……とにかく、これは勇者リリィの物語なのだ。故郷を旅立ったリリィが、訪れた地で様々な人々と出会い、意気投合した者を仲間に加え、やがて魔王へと至るのだ」

「だったら私は、最初の仲間としてお兄様を指名します。勇者の命令です。お兄様、私と一緒に旅立ちなさい!」

「リリィ、無茶を言うな。我のことを皆が何と言っているか、お前も知っているだろう?」


 是が非でも兄を連れて行こうとする姿勢のリリィに、ライルは苦笑しながら両手を広げて自分の村での呼び名を告げる。


「魔法使いなのに魔法が使えない、愛想がない、ついでに仕事がなければ働く気もない……ないない尽くしのイカれたごくつぶしさ」

「――っ、そんなこと……」


 ない、と言いたいリリィであったが、村の外周を走っている時に、何度か村人たちがライルの陰口を叩いているのを聞いてしまっていた。


 本当なら陰口を聞いた時点で飛び出して文句の一つでも言ってやりたかったが、勇者が民草の戯言如きに一々目くじらを立てるものではない。特に実害があるわけではない陰口ぐらいは大目に見ろというライルの教えがあったからだ。

 ただ、自分の陰口なら我慢できる自信があるリリィであったが、数少ない例外があった。


「うぅ……お兄様は…………ごくつぶしなんかじゃ…………ありません!」


 机に手をついて項垂れたリリィは、目から大粒の涙を零しながら泣き出してしまう。


 リリィにとっては物心つく前から沢山の愛情を注いでくれ、勇者としての在り方を示してくれた兄妹愛という一言ではとても言い表せない特別な人……、

 そんな唯一無二の兄を馬鹿にされても何もできない、我慢するしかないのはリリィにとっては耐え難い事態であった。


「ですから、私と一緒にお兄様が旅に出てくだされば……この村から出れば、きっとお兄様が不遇な想いをしなくて済むと……」

「……そうか」


 リリィはリリィで思ったより色々と考えていたことに、ライルは驚いて目を見開く。


(本当に……本当に立派な勇者として育ったな)


 他者を思いやる優しい心を持ってくれたことは喜ばしいことだが、その気遣いはライルには無用だった。


(ならば我がリリィのためにしてやれることは……)


 リリィが安心して旅立てるようにしてやること。


 そう判断したライルは、誰にも気取られないように小さく嘆息しながら立ち上がると、泣いているリリィの頭にポン、と手を乗せて優しく撫でながら話しかける。


「リリィ、お前は一つ、思い違いをしているぞ」

「えっ?」

「我がごくつぶしと呼ばれるのは、今日までだ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ、我の最大の目標は、リリィが旅立つその日までに、リリィを立派な勇者に育て上げることだった……だが、それが成された今、我は自分のために生きるよ」

「それは、お仕事を始めるということですか?」

「ああ、そうだ。流石に父の遺した遺産だけで、これから暮らしていけるはずがないからな。だから我は……明日から仕事を探すよ」


 本当はそんなつもりは毛頭ないのだが、こうでも言わないとリリィは旅立ってくれそうにないので、ライルは道化を演じることにしたのだった。

 働くと言ったことに余程驚いたのか、すっかり涙を流すのも忘れている様子のリリィの肩を抱きながら、ライルは自信に満ちた目で頷く。


「安心しろ。我の強さは知っておるだろう? 誰に何と言われようとも、必ず職に就いてみせるよ。だからリリィは安心して世界を救ってくれ」

「お兄様……」


 ライルがそこまでの決意を語ったら、彼を崇拝しているリリィに逆らう術などなかった。


「…………わかりました」


 リリィは涙の跡を拭うと、大好きな兄の目を見ながらしっかりと頷く。


「このリリィ、勇者として……お兄様の妹として立派に務めを果たしてみせます」

「ああ、期待しているぞ」

「……はいっ!」


 ライルが期待込めて頷いてみせると、リリィは元気に返事をして、ようやく大輪の花のような眩しい笑顔を見せてくれたのだった。

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