①プロローグ
①プロローグ
太一の父親は、中学校の先生である。母親とは、小学生四年の夏休みに突然別れた。婿入りだった父親は、太一が物心ついた頃には、ほとんど家にいなかった。勤務する中学校の近くに下宿したり、僻地ならば教員用住宅が用意されており、単身赴任赴任をしていた。家には寄りつかない。たまに週末に帰って来る。家には坂道を上って来る。坂道を上って来る父親を認めた太一の兄は、山に逃げ込んで、夜通し帰って来ない。
母親はいない。何処に行っているのか太一にはわからない。いるのは、祖母と太一、家に近付く父親の顔が鬼に見えた。
祖母しかいない家、既に酔っている父親の標的は、太一だった。祖母とは、義理の系譜である。太一は夜半まで、殴られ小突かれ正座のまま、耐える。祖母が隣家の亭主の名を叫ぶ。
そこの嫁が走って来て、太一を小脇に抱えて逃げる。
父親は、疲れたのか、何事もなかったように、鼾をかいて眠ってしまい、翌日には、下宿に帰り、聖職然として、教室に戻るだ。まだ、教職が聖職としてのプライドを持ち、在民からは「先生」と呼ばれながら、国に勤める者として、在民を見下すものいた頃である。
太一は、小学四年の夏休み、祖母から紙幣を渡されて、父親のいる小島に行くように言われる。国鉄の駅まで、祖母が送ってくれた。途中に乗換駅があり、祖母「4番線の汽車に乗るんだよ」と言った。
海辺の終着駅に着く。港は、夏、港祭りの最中で大漁旗を掲げた漁船が接岸して岸壁には、出店、屋台が並んでいた。
太一は、島に行く船を大人に聞く。出店に、気を取られながら、船発着場に歩む。
出店の誘惑に負け、中途でプラモデルを買ってしまう。アポロ11号が月面着陸を果たした年、その着陸機だった。
島の港に着く、教員用住宅を港にいる大人に聞く。
太一は、ニキロ程の道の登り道を歩く。
そして、祖母、母親の元に戻る事はなかった。