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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

だから、一緒にいたい

作者: 荊汀森栖

「よく来てくれたね。」

 ひとを呼びつけておいて、第一声がソレ。

 まったく。傲岸不遜なひとだと呆れながら僕はソファーに腰を下ろした。

 彼は高価そうな革張りの椅子(プレジデント・チェア)に座ったまま、肘掛けに身体を凭せ掛ける。ギシリ、と金属の軋む音がした。

「それで? 今回はどんなご用件ですか。」

 僕は、目の前のローテーブルに、ショルダーバッグから取り出した荷物を広げながら御座なりに尋ねた。

「……おい、それは何だ。」

「あなたの話はいつも長いので、お聞きしながら課題を済ませようと思いまして。」

 無視すれば拗ねる。真面目に取り合っては此方が疲弊する。その妥協点を、僕は最近になって漸く見つけた。

「そ、そうか。」

 幾らか引き気味に彼が頷く。調子に乗られる前に、僕は「簡潔に、お願いします。」と付け加えるのを忘れなかった。

 まぁ、言ったところで無駄なのも理解しているが。


「我が推理研。探偵推理研究同好会に君が入会してから、こうして半年が経った訳だが。」

 滑り出しはこうだった。

 嫌な予感しかしない。絶対に長くなる。物語でいったら『序章』から始めちゃったよ、このひと。帰りたい。いますぐかえりたい。アルバイトのない日を選んだのは失敗だったかと思い始める。

 僕はすっくと立ち上がり、部屋の片隅へと向かった。

 一挙手一投足、つぶさに観察されている。気のせいではない。彼は常に僕を視界に入れておかないと気が済まない様子で、あからさまに凝視してくる。痛いほどの視線を感じる。眼光が鋭い。

「どうぞお気になさらず続けてください。……珈琲、飲みますよね?」

 無駄に設備の整ったこの部屋は、会長である彼が私財を投じて大学に無断で改装してしまったらしい。その豪華さに入会希望者は後を絶たないのだが、如何せん彼の個性が強すぎて、一週間と保った試しがないのだそうだ。他に幽霊部員の先輩を何人か知っているが、生憎、部室には誰も近寄ろうとはしない。まさに宝の持ち腐れ状態なのだが、僕は厚顔無恥な苦学生なので度々寄らせて貰っていた。探偵、推理小説やその他資料の蔵書は驚くほど豊富だし、空調は効いているしソファーは寝心地がいい。美味しい珈琲豆も常に補充されている。会費を免除して貰う代わりに、僕はここの清掃を引き受けていた。清掃のバイトも経験しているので腕はプロ級である。なので遠慮は一切しない。物心ついた頃に『逞しく生きよう』と誓ったのは伊達や酔狂ではないのだ。苦境は幼児さえも強くする。

 ちょっと悲しい記憶を脳裏で回想しながら、僕はノートにペンを走らせた。


「……それら全てを踏まえて熟考した結果、私は君に恋をしているという結論に達した。」


 難解な課題に集中しながら、話し半分どころか丸っと聞き流していた僕は、不穏な単語を耳にした気がして顔を上げた。

 いつの間にか、会長は僕の横の一人掛けソファーに移動していて、目が合うと嬉しそうに微笑んで見せた。因みにこのひと、無駄に美形だ。

「え?」

 いったい何を言っているんだ?

 僕は、課題のノートとは別に、会話の要点を抜き書きしていたレポートパッドに視線を移す。と、そこには、恋愛相談と思しき単語の羅列が確かに自分の字で書き連ねられており、ご丁寧にぐるぐると丸で囲んだり二重線で強調されたりしていた。

 これは、なんだ?

「君は恋愛の一切を否認する癖があるね。」

 投げ掛けられた言葉には全く身に覚えがないが、無意識下での否認は自覚するまで認知され得ないのだから、当然といえば当然である。

「君はとても興味深い。人間観察は私の趣味ではあるが、余すところなく眺めていたいと思ったのは初めてで、私も多少、戸惑っている。本を読み、現実の事件を追い、物事を類推する事には長けている方だと思う。だが私は、色事に関して疎いと言われる。正確には、恋愛的な意味で他人に関心が持てない。私は、君も同類だと考えている。いや、思っていたと言った方が正確だろう。今や私は君に関心を寄せているのだから。」

 この調子でずっと話し続けていたのだろう。

 気が付けば、部屋を訪れてから優に三時間以上が経過していた。『色事』という単語をグリグリしている自分に気づいて、僕はペンを手放す。

「お互いを知る以前に、私は自分を知りたい。自分のこの感情を、その意味を。だから、君と常に共にありたいと願っている。それには交際をスタートさせるのが一番いいと考えるのだが。君はどう思う?」

 僕は再びペンを手にし『交際』と紙に記していた。

 ハッとして、二本の横線で書いたばかりの文字を消す。

 むいしきこわい……。


「これが僕のQ.E.D。」


 と、晴れやかに告げる会長の顔を、僕は直視出来なかった。手早く荷物を纏めバッグに乱暴に突っ込むと、「今日はもう遅いので帰ります!」と言って部屋を飛び出そうとした。

 会長は、「異論があるなら聞くよ。」と笑いながら尋ねる。返事と言わないところが彼らしい。

 僕の喉から「グゥ。」と蟇のような変な音が溢れ、足が止まった。

 何か言わなくては、と思い咄嗟に出た言葉は「……宿題でお願いします。」だった。何故、即座に断れなかったのか。

 彼が笑った気配がした。


 Q.E.D。

『以上がかねてより証明されるべき事柄の数々であった。』

 それは探偵の常套句でありピリオド。その言葉が語られて以降は、他の登場人物が勝手に話したり茶々を入れたり墓穴を掘ったりするものだ。

 とにかく、物語ではそういう事になっている。

 だが、探偵に抗える助手なんて、この世にいるのだろうか?

 僕は何になりたいのだろう。彼の隣で。


初出 2018.05.17 Twitter

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