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約10秒間の戦い

作者: 京本葉一

 人生は決断の連続だ。

 即断即決を可能とするには、己のうちに確固たる指針がなければならない。


 第一に求めるべきものといえば健康であろう。この大切な資産を守るためには、質の高い情報を求め、精神を鍛え、飲食を慎み、適度に身体を動かし、たっぷりと睡眠をとることだ。あとはビタミンCのサプリでも飲んでおけば確実といえよう。

 免疫力を高めれば、ウイルスや細菌を過度に恐れることもない。


 よって、自転車のペダルをこいでいた。


 指針さえあれば、歩いて数分のスーパーへ行くべきか、自転車で十数分はかかる業務用スーパーへ行くべきかで、いちいち悩むことはない。


 軽快に車道を走っていると、甘い香りが鼻腔を刺激した。


 少し先の駐車場にワゴン車が止まっている。

 出張パン屋らしき車から、いい匂いが風にのって流れている。


 十メートルは離れているにもかかわらず、感じられる、この甘い香り。どれだけおいしいものをパン生地に練りこんで焼きあげれば、こんないい匂いがするというのか。メープルシロップか、メープルシロップなのかと問いながらも、走るペースは変わらない。


 近づくほどに刺激は強くなる。少しお高いにちがいない菓子パンは、間違いなくおいしい。ちょっと寄っていこうかとおもわないでもないが、完全無欠の菓子パンは、はたして免疫力を高めるだろうか。

(パパー、このパンかってー)

 脳内で声が響いている。そんなおねだりをしてくる幼い娘でもいれば買ってしまうにちがいない。

(パパ―、お金持ってるでしょー)

 もっている。本気を出せば全品買い占めることだってできる。それくらいの貯金はある。


 少しペースを落として、ついにはパン屋の前まできた。


 脳内でなにか言われたが、しかし、全品を買い占めてどうなるというのか。ほかの客にケンカを売っている。きっと全部は食べきれない。あたたかいパンもやがて冷める。それらを冷凍庫に入れろというのか。


 メニュー表も置いてあり、家族らしき女性と女の子がそれをながめている。ここでパンを買い占めたら号泣されるかもしれない。本気を出して嫌われるなど最悪だ。頭に響いてきたロリボイスは、悪魔のささやきに違いない。


 しっかりと前をむいてペダルをこぎ、パン屋の前を素通りした。


 人生は戦いの連続でもある。

 風上となり、パンの甘い誘惑は消えた。

 ひとつの勝利を手に入れて、気分よく業務用スーパーへ向かう。勝利者となった褒美に、なにか甘いものを買おうとかんがえていた。

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