策士
「そんな理由があったんだね」
女将は様子を見に来ただけだったが、「はぁはぁ」と息が荒く、苦しそうにしている先輩を見て、何故具合が悪くなったのか理由を聞いた後、納得したのか頷いてそう言った。
「な、ので、はぁー……後輩には、秘密に、して、くだ、さい」
苦しそうにしながらも先輩は女将に頼み込んだ。
「はぁ、分かったよ。それでアンタが納得するならね」
先輩の衝動と言べきか、性癖と言うべきか、ともかく、それを知る者として女将は呆れながらもその頼みを受け入れる。
「あり、がとう、ございます……」
女将の返事を聞いて安心した先輩は女将にお礼を言って、眠りに落ちて行く。
「まったく、相変わらずだね」
眠った先輩の寝顔を見ながら、時々溢れ出る保護欲と母性の高さに呆れ果てる。そんな気持ちを抱いていた女将の後ろから、扉を叩く音が聞こえた。
コンコンコン
「誰だい?」
女将は扉の方を振り向いてそう問い掛ける。
「ミリカです。相談したいことがあるので、入って良いですか?」
「嬢ちゃんか、少し待ってな」
ミリカだと分かると、女将はすぐに先輩が寝ている部屋の扉に向かい開けた。
「女将さ……」
「嬢ちゃん、部屋を移動してからでも良いかい?」
ミリカの言葉を遮って女将はそう言うと、後ろをチラリと振り返って、先輩が寝ている事を伝える。
「あっ、分かりました」
女将の向いた方を見た後、ミリカは女将の提案に乗り、女将を先頭にして部屋を移動する。
「ここなら大丈夫かね……」
暫く女将に着いて行くと、先輩が寝ている部屋から三つほど奥にある扉の前で止まり、これぐらい離れれば大丈夫か少し考え、扉に手を掛けながらミリカに問い掛ける
「ここで話すよ。それで良いかい?」
「大丈夫です」
ミリカの返事を聞いた女将は、扉を開けて中に入って行く。その後に続くようにしてミリカも部屋に入る。
「今、飲み物を用意して来るから、嬢ちゃんは先にそこに座って待ってておくれ」
女将はそう指示を出すと、飲み物を用意するために部屋を後にしようとしたが、それをミリカが慌てて止めた。
「だ、大丈夫です!そこまで長くはなりませんから!」
その言葉に女将は立ち止まり、少し考える素振りを見せた後、
「これは私の癖だから、嬢ちゃんは気にしなくて大丈夫だよ」
「癖、ですか?」
飲み物を出したりする事が癖になるのかな?っと不思議に思いつつも聞き返した。
「癖、だよ。誰かの相談に乗ったり、友達と世間話をしたり、取引先との会談とか色々、理由はあるが、そんな時に飲み物を出していたら癖として身に付いていたんだよ。だから、嬢ちゃんが気にする事じゃないよ」
「凄いですね……」
話しを聞いたミリカは感嘆の溜め息と共にそう呟く。
「ハハハ、そこまで凄い事じゃないよ。嬢ちゃんも、それを何度もやれば自然と出来るようになるさ」
「出来るようになるのかな~?」
女将の言葉に、どうも信じられないミリカは無意識の内に素の口調になって疑問を呟いた。
「そんなに不安なら、今度はそれもやってみるかい?」
女将の提案にミリカは少しの間悩み、
「時間がある時に、やりたいです」
そう女将に伝えた。
「そりゃ良かった。今、飲み物を出したりする人が居なくて困っていたんだ。嬢ちゃんのお陰でそれが解決出来たよ」
女将はミリカの返事にとても嬉しそうな顔をして言い、飲み物を用意しに向かう。
「えっ……誘導された?」
女将が居なくなった部屋、その部屋の中でミリカは呆然と呟いた。




