第96回「違和感という言葉を使わずに違和感を表現せよ」
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くまくま17分
何気ない日常。
そこに、奇妙なズレを感じている。
見慣れた景色。
相変わらずの友人達。
なのに、えもいわれぬ微かな不快が胸にわだかまる。
これはなんだ?
いくら目の前の日常を観察しても解らない。
その事に、何故だか焦燥が首筋をチリチリと焦がす。
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隻迅☆ひとみ
【ワンルームファンタジー・世界の代理人】彼より
先ほどまで、左手に握り飯を、右手で箸を唐揚げに向けていた自分。
そのはずが、その少し前の先ほどが、右手には歯ブラシを持っていて、左手は歯磨き粉を握っている。
この間のタイムラグはゼロだ。
複数の時間系列を、同時刻に同時に過ごしている感覚がある。
この一瞬を切り取ってみれば、左手にもった握り飯を口いっぱいに頬張りながら、右手に持った歯磨き粉付、歯ブラシを口に突き刺した状態だ。
味も歯磨き粉のミントに、握り飯の具の梅干しが、同時に味として存在しながら、脳ではそれぞれ判別ができている。
歯磨き中のミントのすっきり感と、白米に広がった梅干し味、どちらも混合した味として脳は処理されない。
異世界を旅して、複数の世界を同時に体現する。度重なる日常に何が正常なのか砕けてしまったのだろう。
この感覚を一言で言うには、少々伝えるには苦々しい。
世界や感覚や自分という定義が如何に決め事として一つの世界だけの感覚を暮らして来たのか、脳も体も異なりを感じているのだ。
常識と決めていた世界は、非常識でもよかったなど、いまさら感じ取れない物だから、これらが和を違える世界、違世界なのだと私は定義した。
しかし、私の日常はどの世界の中にあるべきか。
それが決まる時に一言。この感情と感覚を、打倒な言葉で答える世界に居るのだろう。
それが現世界なのだ。今の私は違世界を旅する人なのだ。
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髭虎
いつものレストランの、いつもの席で。いつもの相手といつものコースを注文する。
私たちにとって隔週で行われるそれは、今となってはただ過ぎた時間を確認するための儀式と成り下がっていた。
惰性で続く関係。そういうのは存外易くは切り離せぬもので、まるで転職先が見つからないサラリーマンのように自分の心に言い訳を重ねながら、私たちはまた顔を突き合わせていた。
「それで……?」
綺麗な礼で去っていくウェイター。それを横目に眺めながら私の指がコトリ、とテーブルを叩く。
「それで、って?」
「いつにも増して変な顔してたら、そりゃあ気になるわよ」
「ああ、僕は顔が良すぎるからね。君に合わせようと努力しているわけさ」
「あら、その品性の醜さがとうとう表に出てきたわけじゃなくて?」
「ははは、言ってろ」
そう言って会話を打ち切る彼は、やはりどこか不自然だ。
首を傾げながらも追及はやめ、私は仕方なく窓から見える夜景に視線を移す。
夜の8時。目の前に映るそれを綺麗というには、少しごちゃごちゃし過ぎているか。そう思うのはこの景色にも見飽きてしまったせいだろう。いつも通り、いつもと変わらぬ、そんな風景。けれどそこに、いつもと違う様子の彼が映り込む。それが私にはどうにも据わりが悪かった。
気まずい沈黙が数分。やがてそこに最初の料理が運ばれてくる。
「お待たせいたしました。本日の前菜は丹波産いのししのテリーヌでございます」
助かった、とは思った。
これに手を付けている間は彼に意識を向けなくて済むのだから。
しかし、いざナイフを手に取ろうとしたところで彼が徐に口を開く。
「今日の僕は不審かい?」
「ええ、気持ち悪いわ」
「気持ち悪いかどうかは聞いてないんだが。まぁ聞いてくれ」
「聞くだけね」
また沈黙が降りる。
なんだこいつ。もはや今まで接してきた彼は別人だったのではないか? そんな考えまでもが脳裏をよぎる。
「あー、そうだね、何と言ったらいいか」
それでも何となく、私たちの「いつも」も変わってしまうのだろう、と。
それがどうにも気持ち悪く、ムカついた。
「僕は、君にプロポーズしようと思うんだ」
「……そう、勝手にしたら?」
「はは、は、結構緊張してるのに辛辣だなぁ」
「えぇ、最高に気持ち悪いわよ」
「そっか。じゃあ、かっこよく決めよう」
結婚したら優しくするのか。結婚したら関係を変えるのか。そこにあるのは私たちの本心なのか。
そんなどうしようもなく面倒くさい事を考えて、やはり微妙な違いを感じてしまう。
だから結論は決まっていた。
「幸せにする。僕と結婚してくれ」
「お断りするわ」
私たちは知人ぐらいの距離感がちょうど良い。
それがお互いの幸せで、そしてそれを維持する事が——
これから共に生きると決めた私の役目だろうと。
「…………冗談よ。だからそんなに泣かないでもらえるかしら」
「え、は……? は? いや、どういう事?」
「そのまんまの意味よ。少しは頭働かせなさい」
「……え、いやほんと。マジで、言っていい冗談と悪い冗談があるって分からない? その頭にはクソでも詰まってんの?」
「あら、品性ダダ漏れじゃない。そんなのだから一回断られるのよ?」
「普通にキレそう」
貴方が好きになった女はこういう奴なのだと諦めて貰おう。
そしてどうか、いつも通りをいつまでも。
「ははは、いやぁ、まったく。僕以外に貰い手のない売れ残りがよくもそんなに吠えられる。自分だったら恥ずかしくて仕方ないな」
「顔が真っ赤よ。見てて恥ずかしいわ」
「覚えてろよクソアマが」
このくらいの距離感が、わたしにはどうにも心地よくて仕方ないのだから。
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くまくま17分
デジャブ、というのだろうか? これは。
惰性に満ちたぬるま湯のような日常。
何の変哲も無い、ありふれた日々。
だからだろうか?
この先の未来、とも言うべきものをあらかじめ知っているというのは。
今、自分は幼なじみと一緒に通学路を歩いてる。
もう少し、約3秒後に彼女が話し掛けて来る。
「あのさ。今日、ちょっとーーーー」
話の内容は聴くまでもない。既に頭に入っている。
そして今日、何が起こるかも。
何故、こうなったなか。
何時からこうなったのか。
解らない。
解らないからこそ、余計に気になる。
自分は何故、自身の未来を知っているのか?
何故、この時分を学生時代と、そう認識しているのか?
解らない。誰か教えて欲しい。
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