第90回「飛行機の中から見える景色を描写せよ」
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隻迅☆ひとみ
翼よ、あれがパリの灯だ
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髭虎
隣に座る男越しに窓の景色を見る。現在、飛行機はどうやら雲の上を飛んでいるらしい。窓に齧り付くようにして見下ろせば、そこにはきっと雲海と呼ぶべき景色が広がっているのだろう。初めての体験ということで期待していたのだが、隣の男はすでに眠りについているらしく代わってもらうこともできそうになかった。こいつは一度寝ると起きないのだ。
「こやつめ」
熊みたいな男だ。起きているときは口が悪く小憎たらしい奴だが、まさか寝ているときもこんなに憎たらしいなんて。
頬っぺたを何度か突き、処置なしと判断した私は小さくため息を吐く。
客室内を見渡しても今更真新しいものなど見つかるはずもなく、飛行機と言ってもこんなもんか、と落胆に似た感想が脳裏を泳いだ。
「はぁ……」
「ハァ……」
再びため息。すると隣からも同じように息を吐くのが聞こえた。
「……暇なのか?」
「え、いやうん、そうなんだけど……え、なに? 起きてたの?」
私が困惑していると、熊男は呆れを含んだ視線をこちらに寄越した。
いや、何でそんな目で見られなきゃならんのか。脳内で小さな私がプラカードを掲げて抗議している。
「ねぇ、寝たフリとかちょっと良くないと思わない? 飛行機の中でする事ないのに、ねぇ? パートナーをほったらかしは良くないと思うなぁ〜?」
「……こうなるからだ」
いや、寝たフリなんてしてなかったら私もこんなに問い詰めませんけど? そもそも普段から私の扱いが雑なのだ、この男は。
まあ、ここでやり過ぎてまたそっぽ向かれるのも良くない。むふふ、私はデキる女なのだ。
「それで? 私、暇してますけど?」
「…………」
「なによ」
「ハァ……これで映画を見ればいい」
「へぇー、今はこんなこともできるのねー」
「おばさん臭いな」
「はあ?? 喧嘩売ってんのあんた!?」
「静かにしろ、周りに迷惑だ」
「このッ……!!」
男の肩を殴って抗議する。こいつが将来DV男にならないように、今ここで分からせてやらねばならない。クソこのやろう! オラ! さっさとくたばれ!
「ほら、できたぞ」
「フーッ、フーッ」
「落ち着け、痛くも痒くもないが面倒だ」
「……覚えときなさいよ、あんた」
「あぁ。それで、何を見るんだ?」
「んー、けっこう色々あるんだ。あ、待って、今のやつ今のやつ」
「これか」
「それそれ」
そうして男が再生開始を押すと、渡されたヘッドホンから音声が流れ始める。わりと最近の映画だ。これが無料で見られるんなら飛行機も意外といいかもしれない。
「……音漏れしてるぞ」
「え、なに〜? 聞こえなーい」
「…………ハァ」
男を分からせてやりながら、私はそんなことを思った。
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