第89回「『朝』という言葉を使わずに冬の夜明けを文学的に表現せよ」
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小鳥遊賢斗
東の空の色合いが、藍色から水色へと変化していく。
冬は曙だとはよく言ったものだ。雲一つない空が明かされる様子は見ていて心地がいい。
胸いっぱいに息を吸い込む。冬の冷たく澄んだ空気はどこか清らかさを感させ、それを吸い込んだ自分で さえも清らかになったかのような感覚を覚える。
そして今日も走ろうと、僕は意気込んだ。
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みさとみり
肺を刺す冷気。かじかむ指を、握った缶コーヒーが温めてくれている。
コンビニ前の駐車場から見上げる空は薄明るかった。
今日が来てしまった。原稿の締め切りである今日が。
昨日は一日中指を走らせていたが、日が沈み、また昇っても原稿はいまだその三割が白い。
自分が文豪であれば、担当が家に押しかけてくるなんてイベントもあるかもしれないが、売れない三文小説家の自分は、担当のメールアドレスに時間までにデータを転送するだけだ。
それが出来なければ、おそらくもう、次はない。
頭で理解していても、面白い展開が思い浮かばないまま、バイトだからと自分に言い訳をしては、今日を迎えてしまった。
就職するか――。20代のうちに。
大学生作家だともてはやされたのは最初だけ。出版社は売れない作家に用はない。読者もそれは同じことだ。
クライマックスの展開をこのまま何も思いつかなければ、俺は締切を破ってしまう。
その時、疲れ切ったサラリーマンがコンビニに吸い込まれていった。
通勤ラッシュの第一陣だろう。
コンビニ前でカフェインの入った栄養剤を一気にあおってから、ふらふらと駅前へ向かっていった。
あれになるのか。
憂鬱な気持ちが込み上げてくる。
俺は、ブラック企業で社畜として働くのはごめんだ!
しかし、俺だって徹夜で仕事に打ち込んでいる。
売れない小説家と社畜、どちらも地獄なのでは?
ふとよぎった考えに、俺は噴き出した。
「違いねえ」
気づけば、空一面の雲が黄金色に光っていた。
「そうか。あのシーンを伏線にすれば……いけるかもしれねえ」
俺は、すっかり冷めてしまった缶コーヒーを一気にあおった。名も知らぬ疲れたサラリーマンのように。
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くまくま17分
白み始めた空。
葡萄色の稜線、その彼方から旭日が覗く。
暁光が差した瞬間、世界は鮮やかに輝き出す。
ダイヤモンドダスト。
氷刃の如く身を斬るような冬の酷寒でしか見られない景色。
照らされた氷の花弁がヒラヒラと舞い、乱反射を起こして光が溢れ出す。
私は芯まで冷え込む寒さを忘れ、視界一杯に広がる絶景に言葉を失っていた。
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