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第88回「真剣という言葉を使わずに真剣を表現せよ」

______________________________


髭虎


 帝都の夜。月の光に照らされて、彼女はそこに立っていた。

 背にまで届く艶やかな黒髪。凍えるような冷たい目が、冬の夜にこれ以上なく映えている。


 そしてその手に握る黒い刀も、また。


「こんな夜更けに奇遇ですね」

「あぁ、そうだな」


 僕の言葉に、彼女はただ憮然と返す。まるでお前になど会いたくなかったと、そう言うように。


 吐いた息が白く昇る。重たい空気がそこに横たわっている。

 しかし、まだ互いに張り詰めてはいない。凍り付くまでには至っていない。それはひとえに彼女がまだ迷っているからなのだろう。


 暫くの沈黙の後、今度は彼女の方から確かめるようにゆっくりと言葉が紡がれる。


「ひとつ、聞く」

「なんです?」

「お前は……なぜ、剣を学んだ? 何を思って、私に学ぼうと思ったのだ」


 抑揚のない、静かな声。知らぬ者が聞けば震え上がりそうなほど冷たい声音だ。けれど、そこにはきっと懇願があった。


 僕にもきっと理由があるのだと、やり直せる人間なのだと……そう願うような。


「ははっ、そんなの決まってるじゃあないですかぁ」


 相変わらず内面と外面が合わない人だ。僕がふっと笑いをこぼすと、それをどう捉えたのか彼女は一瞬目を伏せた。親しい者でもやっと気づけるほどの、ほんの一瞬。


「より気持ちよく、人を殺すためですよ」


 そうか、とだけ彼女はこぼした。

 そうですよ、と僕は返した。


 月が陰る。

 距離にして5メートル。僕らの間に流れる空気が張り詰めていく。


「……なんにせよ弟子の不始末だ。ならば、私が始末をつけねばなるまい」


 そう言って彼女は刀を持ち上げた。刀身がゆっくりと顔を出す。合わせて僕もゆっくりと刀を構えた。


 凍えるような殺気だ。ふと彼女に師事していた頃が懐かしくなる。


『悪いね、先生』

『そう思うなら大人しくしていろ』


 あぁ本当に、懐かしい。

 向けられる刃にあの頃の木刀を重ねて……僕は笑う。


「悪いですね、先生」

「ッ…………! そう思うならッ、なぜ、大人しくできんのだ貴様は!」


 一気に飛び出し、斬り結ぶ。

 甲高い音で散る火花。目の前を交差する刃の冷たさに、たぶん今回は痛いでは済まないのだろう、と。そう思いながら。


______________________________


くまくま17分


 静寂な道場の中、胴着姿の少女が一心に竹刀を振る。

 虚空を睨み、列ぱくの剣気を注ぎながら。

 悔しい。

 悔しい。

 悔し過ぎて、身体が焼け付くように熱い。

 いっそこのまま死にたい。

 それでも、竹刀を振る。

 滝のように流れる汗はとうに枯れ果て、体力の尽きた全身が鉛のように思えた。

 それでも、涸れる事の無い涙で頬を濡らし、竹刀を振り続ける。

 解ってる。こんなんじゃ、全然届かない。

 何もかも足りない。

 それでも自分にできるのは、愚直に竹刀を振る事だけだから。

 激情を胸の内に押し隠し、苛烈な覚悟を持って刀身を虚空に走らせる。

 一太刀一太刀、一心に斬り続けた。


______________________________

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