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第87回「寒空の下、熱々のおでんを食べるシーンを表現せよ」

______________________________


Eyeless


  寒空の下、冷たい風が耳を真っ赤に、だが顔を真っ青にした男の肌に突き刺さった。その男は椅子に縛られ両手が使えぬよう後ろの回されている。がたがたと震える男の元にチェックのカッターシャツを着た男が歩み寄った。

「おでん持ってきたぞ」

 ニタリと意地の悪そうな笑みを浮かべる男の手元にはもくもくと湯気をあげるプラスチック製の白い容器があった。顔面蒼白の男はひたすらに叫ぶ。

「や、やめてくれッ、俺が何をしたっていうんだ!」

 縛られている男は寒さに震えているのではなかった。おでん……そう、おでんに対する恐怖で震えていたのだ。

 相変わらずニタニタと笑う男は容器の中に刺してあった割り箸を取り、三角のこんにゃくをつまもうとした。

「大根だけは……大根だけはやめてくれ!! 大根だけはッ押し付けないでくれ!」

「そうかそうか……大根が良いのか」

 より一層口角を上げた男は割り箸の先をこんにゃくから輪切りの大根に変え、崩れてしまわないようゆっくりとつまみ上げた。

「さあ、召し上がれ」

「うわあああああああ」

 箸でつまんだ大根を片手に男は悪魔のような笑みを浮かべ、嫌がる男の口元に熱々の大根を押し付けた。

「アヂッアヅッ熱ううううううううううう」

 どんどん口の中に押し込まれる大根に男は顔を歪ませた。

「ハハッ、残さずに食えよ」

 顔を真っ赤にしながら苦しむ男を見て男は声をあげて笑う。その笑い声は邪悪な魔女……いや、悪魔を彷彿とさせたのだった。


______________________________」


たろう


「あーさむ。」

 ヒュウヒュウと冷たい風が残業で疲れきった男の顔に吹きつける。男の生活は咳をしても一人といった状況であったがそこに不自由は感じていない

 男の()にぽつりと光るコンビニの明かりが映る。

「何かぬくたいもんでも食って帰るか。」さすがにこんな冷え切った体で帰ったら狭い独り暮らしの部屋が広く感じちまうと思った。

 コンビニのドアをくぐり抜けるとレジ前のおでんが目に入った。

「あれでいっか」男はおでんブースの中から卵と大根とを選びそそくさとレジから立ち去る。

 コンビニから出るとき暖房と冷え切った空気とのはざまを感じつつ外へ出る。

 冷めないうちに食べるかと蓋を開けて箸を割る。少し歪に割れた箸に文句を垂れつつ白い湯気をもうもうと上げる卵を口に運ぶ。

 火傷しないように卵を口の中で転がしながら決して交通量の少なくない道をぼうと眺める。


「これくらいが丁度いいんだな」と。


______________________________


くまくま17分


 闇色に染まった寒空の下。

 金網に囲われた中、僕は会社帰りのスーツ姿でくたびれた繋ぎ服の男と対峙していた。

 互いの両手には鍔の付いた細長い金串、その先端から鍔元掛けて差し込まれたおでんの具材。

 おでんデスマッチ。

 木枯らしが甲高く鳴くこの季節、男たちは修羅と化しこの狂える宴で死闘を演じる。

 ただ普通におでんを食す。

 たったそれだけの事が何故、できないのか?

 それは誰にもわからない。

 僕は対峙する男を注意深く観察する。

 仕事帰りでくたびれて猫背なその身体から闘気が立ち上ぼり、揺らめく陽炎を作り出していた。

 一体、どれだけの修羅場を潜り抜け、何人殺して来たのか。

 想像するとそれだけで冷や汗が頬を伝い、背筋に冷たいものが駆け抜けて行った。


「はあっ!」


 開始直後、繋ぎ服の男がおでんを肩に担ぎ、風を斬って横に薙いだ。

 具材の大半を占める玉子、それが勢いよく射出されて空中にばら蒔かれ、僕に襲い掛かった。


「くっ」


 その場から飛び退いてかわす。が、攻撃はそれで終わらない。弾力豊かな玉子爆弾は地面を跳ねて追撃して来た。回避に徹して逃げ回る。

 具材や串に少しでも触れると負け。

 武器はその身とおでんのみ。

 それがこの闘争の掟。

 近付けない。得意な近接戦闘に持ち込めない状況に顔をしかめた。

 だが、具材の数は20が限度。遣り過ごせば勝機は見えてくる。回転する棒状のちくわを見つけると、突如視界が暗転。直後、焼け付くような激痛が右目を襲った。


「ぐあああああっ」


 堪らず僕は悲鳴を上げた。

 お出汁の露。ちくわの含んだ大量の汁気が飛沫として飛散、攻撃範囲を拡大していた。

 漸く立ち直った時は、繋男が眼前に迫っていた。


「死ねええああああ」


 大上段から迫る一刀、かわせない。絶体絶命。

 刹那に諦めが頭を過った。


「負けないで!」


 金網の向こう、美人な幼馴染みの声が聞こえた。

 そうだ、僕には。

 負けられない、理由があるーーーー!

 勇気。彼女の声を受けて芽生えたそれで金串を前に掲げ、右足を一歩踏み出す。体軸を回転させながら。

 パリィで攻撃の迎撃を図る。

 相手の左側面で半身になって居るので、太刀筋を右に変化されても鍔で受けられる。攻撃を完全に封殺した。

 そこで相手は腕を交差、手元を返して先端を地面に向けて迎撃をかわす。

 僕は間髪入れず体を左に開き、返す刀で刀身の餅入り巾着を相手の脇腹に押し当てた。

 勝負あり。吐いた安堵が白く凍った。

 それからは敗者の公開処刑が始まる。


「さ、たあんとお食べ」

 僕の金串に刺さった巾着を繋ぎ男の口に捩じ込む。

 勝者の具材を残さず食べる。それが処刑の内容。


「熱づづづづ! 餅があっ 舌が溶けるぅぅぅぅ!」


 男の絶叫が夜空にこだまし、そして夜は更けていく。


______________________________

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