第86回「殴り合うシーンを表現せよ(男同士とは言ってない)」
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蒼堆 こなゆき
ペチペチ
かまって欲しそうに彼女が俺の頬を叩いてきた。今は在宅勤務中なので、俺は彼女の事をひたすら無視をする。
ベチッ
今度は一段と強く叩かれた。
無視――
俺は黙ってパソコンのキーボードを打ち続ける。
ヒュッ
ばちぃぃいいいいん!!
ガタッ
「やってくれたなこのクソアマ!」
バチコーン!
ボコッ!
ベコッ!
パチィィィ!!
――その後、俺は近所からDV男なんじゃないだらうかと噂されるようになる。なにせ、何かを叩くような音が家から一日中鳴り響いたのだから。
しかし、だ。あれらの音は俺と彼女とのスマッシュブラザーズによるものだ。一方的に罪を擦り付けられるのはたまったものではない。
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鬼鉄改
私と相手の視線がぶつかる。
現実ではごく短く、しかし私達にとっては恐ろしく長く感じる。
相手が隙を見せる。刹那、私は攻撃を仕掛けるが、相手も負けじとやり返してくる。
秒間十回以上の攻撃の応酬、それは、互いの縄張りを譲らない為の意地のぶつかり合い。
飛び散る毛、流れる血……あぁ、まだまだ夜は空けそうにないな。
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たろう
仕事で失敗をしてしまい意気消沈の中、行きつけのバーのカウンター席で酒を飲んでいた。
途端、背中に鈍痛が走った。
私は顔を上げる。そこにはサングラスを掛けた金髪の、頭の悪そうな20代くらいの男がこちらを見下しているのが見えた。
どうやら私はこの男に蹴られたようだ。
男が口を開く。「オッサン、そこ退いてくんねえかな。」
先程蹴られた背中が痛い。
私の中の悪魔が目の前の男を叩き潰してやれと囁く。
自然と腕が彼へと向かってゆく
私が返答をする前に手が出てしまったようだ
今のでどこかのねじが飛んだか。心の奥底からどす黒い粘着質の怒りが湧き上がってくる
頭が逆に冷静になってくる。
奴が殴り返してきた。
もう制御しようにも、何もかもが手遅れである。
これから私たちは飢えた野良犬以下に成り下がるのだ。
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くまくま17分
青空に雲が高々と揺蕩う秋。鮮やかな紅葉に染まる森深き渓谷。
細い木立が林立する中、鎧を纏った男は大熊と対峙していた。
メイスを肩に担ぎ、盾を前に半身で構える。
大熊は総毛立たせて殺気を放ち、低く唸って吐息を漏らす。
距離を隔てた中で互いの殺気がせめぎ合い、周囲に緊迫した空気が流れ張り詰めていた。
突如、沈黙を破り咆哮を轟かせて大熊が疾駆。
その巨躯を砲弾と化し、風を切り裂き猪突猛進。
肉薄させるその刹那、横っ飛びで軽快にかわす。
すぐ脇の木立に激突、重厚な破砕音を轟かせて停止。
そこをすかさず気合い一閃、地面を踏み砕きながらメイスで殴った。
頭蓋に響いた衝撃で首が落ちる。のろのろと頭を上げた所で二擊目。額を殴打され怯んでよろける。
間合いを空けて食らった衝撃から立ち直ると怒号を発して立ち上がり、覆い被さるようにして振り上げた右腕を大鎌のようにして爪で斬り付ける。
盾を突き出して打点をずらし、攻撃を逸らし受け流した。
体勢を崩し身体が泳いだ機を見計らってカウンター。
負けじと大熊も反撃、シールドハッシュで打ち落とす。その隙に殴っても、怯む事なく反撃を試みていた。
それも防ぐ。一撃一撃が致命傷。食らえば勿論命は無い。
神経を磨り減らす死線の上を、手にした武器で必死に舞った。
熊と人との一騎討ち。
清閑の深山で壮絶な闘争が繰り広げられていた。
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