第8回「孤独、若しくは無人の静謐な書庫を描写せよ(ただし猫や幽霊が居ないとは言ってない)」
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髭虎
咳をしても一人
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orion1196
そこはまさしく本の墓場であった。かつての持ち主はかなり几帳面だったのか、全ての本が五十音順、巻数順に並べられていた。しかし読み手がいない本ほど悲しいものはあるまい。そこにあるのは紙虫とクモの巣ばかり、人の気配は微塵もなかった。
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ニトセネ
「我ら躍る文字なり。静寂の騒がしき世界である。知と心と時間を内包し、好奇心の餌となる」
「我らは世界を飼う棚である。好奇心の獣が来なくとも、世界たちは存在を躊躇わない」
空気はとてもゆったりと動き、音など忘れたように静まりかえっている。しかし、この賛歌がやむことも無い。扉の鍵が再び開かれた日には、この力に立ち尽くす人の姿を見るだろう。
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くまくま17分
先人の叡智が息を潜めて眠る書庫。
綴られた知識を呼び覚ます人は絶えて久しく、ただ時と共に埃が降り積もる。
列せられた本棚が林立する知の伽藍堂を今は一匹の猫が音も無く徘徊するばかり。
無音の暗闇に目を光らせ、黴と埃の中に鼠の獣臭が無いか嗅ぎ分ける。
「………」
今日も叡智を冒涜し悪食を働く輩は居ないようだ。
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