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第75回「ガンアクションを描写せよ」

______________________________


orion1196


  『金月亭』路地裏に面するこの喫茶店は、昔から傭兵やゴロツキの溜まり場として有名である。もちろん普通の人は使うことがないのだが、しかしそんな世界と無縁の人間でもそこに足を踏み入れなければならない場面がある。


「いらっしゃいませ…… おや、見ない顔だね」


バーテンが静かに声をかけると、来客は静かに外套とハットを脱いだ。バーテンは静かにカウンターの端の席を勧める。


「ある男を探してるの」


「あなたほどの美人が…… それは大層な男なのですね」 


 金髪碧眼、街中で会えば誰もが2度見する珍客の美貌に店中の男たちが目線を向ける。


「えぇ」


「して、そのお名前は? 」


「『ファントム』、ここの常連なんでしょ? 」




 普段は軍人ですら手のつけられない荒くれ者たちが女性の言葉で全員が目をそらした。女性はその意外な態度に驚きつつ、バーテンとの会話を続行する。


「確かに、彼はよく来ますね」


「待ってれば来てくれるの? 」


「いえ、そこに居ますよ」


 バーテンは女性に目もくれずグラスを磨き始めた。女性がカウンターの反対側に目をやると、一人の男が既にスコッチのロックをあおっていた。


「…… 」


「あなたが……『ファントム』? 」


「あぁ 」


「えっと、その…… 」


 『ファントム』がグラスを置く。女性は口を開こうするも、男はそれを手で制しつつ、上着の裏からおよそ人用とは思えない大きな拳銃を取り出しながら席を立った。


「全員裏口から出ろ! 」


 店にいたゴロツキたちが裏口に向かって群れのように移動を開始した瞬間、男は躊躇なく入店口を撃った。


「なるほど、追われてるのか」 


次の刹那には黒ずくめの男たちが数人店内に押し寄せてきたが、先頭に立っていた者は即座に『ファントム』の拳銃の餌食となった。


「マスター! とりあえず任せた!! 」


「畏まりました」


 女性めがけて走り出した黒ずくめたちだったが、『ファントム』が即座にテーブルを蹴り飛ばして男たちの動きを封じた。


「屋内戦闘はド素人だな、こいつら」


 サブマシンガンを振り回そうとした黒ずくめの一人の脇に滑り込みながら肘鉄を食らわし、自身を狙う他の黒ずくめに向かって背負投をお見舞いする。


「ちょ、ちょっとこれどういう事? 」


「今は私から離れないで。あれがあいつのファイトスタイルなのさ」


 かと思えば背後から『ファントム』を狙おうと銃を構える黒ずくめは、背後に目がついていると言わんばかりの精度で土手っ腹を撃ち抜かれる。


「……で、も一人居たんだと思うんだが…… 」


「問題ありません、あの通り」


「……相変わらずだな」


 アイスピックでこめかみを貫かれた遺体を見つつ、背負投の下敷きになった男もろとも黒ずくめ二人の眉間を正確に撃ち抜き、男は拳銃をホルスターに戻した。


「事情は分かった。受け持とう」


「あ、ありがとうございます! じゃあ…… 」


「の前に、まだ残ってる」


 バーテンは何事もなかったかのように黒ずくめのこめかみからアイスピックを抜き取り、遺体とテーブルを片付け始めた。


 一方の『ファントム』は当たり前のようにカウンターに座り直す。あれ程の乱闘騒ぎがあったにも関わらず、店内に目立った弾痕はなく、男の飲んでいたスコッチのグラスも無傷のままそこにあった。


「……すごい」

 

「えぇ、あれが当店がご紹介できる最強のエージェント、そして私が知る限りこの世で最も戦闘を知る男です。改めまして、『金月亭』へようこそ」


______________________________


髭虎


 血と酒の匂いが充満する場末の酒場。

 そこはバーなんて言えるほど小洒落た場所ではなかったが、それなりに美味い酒を出す店ではあった。

 平日は仕事帰りのサラリーマンで賑わい、土日は酒好きたちがたむろする。

 

 それが今やすっかり凄惨な魔物被害の現場だ。俺はカウンター裏に身を隠しながら、割れたボトルの欠片を摘んでため息を吐く。

 

「あーあー、ったく。もったいねぇことしやがるぜ」

 

 グチャグチャと瑞々しい咀嚼音が響く。十中八九“そいつ”に殺された人間のものだろう。音のする方へ割れたガラス片を反射させてみると、そこには体長3メートル弱の巨大な生物——魔物が映っている。

 

「6本腕の人面カマキリか。相変わらずグロテスクな見た目してんなぁ、おい」

 

 数十年前からだろうか。魔物と呼ばれる存在が世界中に現れるようになったのは。

 その特徴は一体として同種が存在しないこと。人間を好んで襲うこと。そして——


 ——何の前兆もなくあらゆる場所に出現すること、だ。

 

「あー、通信聞こえてるか? C-9地区でカマキリっぽい魔物に遭遇した」

 

 もはや地下シェルターだろうが、飛行機の中だろうが、この世に真に安全な場所はなくなった。そうなると当然、それを撃退するための組織が作られるわけだ。

 

 支給品のインカムに小声で通信を飛ばしながら、俺は腰のガンホルダーから『対魔討滅委員会』の文字が刻まれたリボルバーを引き抜いた。

 

『通信了解しました。では状況を——』

 

「ってことで、今からクソダサリボルバー使うから承認よろしく。あぁ、あと応援も頼むわ。なるべく早くな」

 

『は、え、ちょっ』

 

 応答は聞かず、ただ回転弾倉に弾を込めてく。

 カチッ、カチッ、と小気味よく6回。音に合わせて自分の神経が研ぎ澄まされるのが分かった。

 

 残弾は装填したものも合わせて9発。どうにかこれで仕留め切りたいものだ、と信じてもいない神にお祈りを済ませて俺は口元に笑みを作った。

 

『待ってください! 状況を詳しく——』

 

「おっと、オジサンもう行くからあとよろしくな」

 

 通信を切る。

 まぁ、これで最悪あと30分もすれば誰か来るだろう。俺は場所が分かるように派手にやってればいい。

 

 ははっ、酔いのせいか。存外俺も頭にきていたらしい。覚悟を決めると、息を吸って——俺は勢いよくカウンターから飛び出した。

 

「ギギィ?」

 

「よぅ、とりあえず一発食らっとけ」

 

 体勢低く肉薄しながら引き金を、引く。

 放たれるのは凄まじい銃声。全身を軋ませる反動。直後、撃ち出された銃弾がカマキリの顔面に向かって直進する。

 

 対魔徹甲弾。装甲戦闘車すら正面から貫通する特殊弾薬は、しかし進路上に掲げられた腕鎌に見事に弾かれ、酒場の天井へと消えていく。

 

「チッ——」

 

 不意打ちは失敗。しかし少なくとも敵の視界は塞げた。鎌の硬度も分かった。そして何よりアイツは“頭を守った。” 1発でこれだけ分かれば重畳だ。

 残り8発。残弾を気にしながら、俺は走ってきた勢いをそのままにカマキリの腹下へと滑り込む。

 

 対する魔物は腕を掲げたまま、残る5本の鎌を出鱈目に振るう。

 デカい図体のくせして銃の威力にビビったらしい。鎌の1本が頭上スレスレを通過するのを感じながら、俺の口元は自然と弧を描く。

 

 殺されるのが怖いくせに、殺すのは一丁前か。ふざけやがる。

 

 銃を固く握り直す。スライディングの体勢で腹の下を通り抜けざま、銃を背後へ。

 

「そら、通行料だ」

 

 引き金を引いた。


______________________________


ゆりいか

 

 ニューヨーク・ブルックリン 9/21/1980

 郊外;メディスンカルテル“社交場”

 

 ――――――――――――――

 ―――――――

 

 中南米経由の麻薬は、様々なシンジケートを経由して、ブルジョワの搾取で不幸せなアメリカ国民たちに“幸せ”を提供していく。この“社交場”もその一つだ。

 マリファナ等のソフトドラッグから、中東の高品質なヘロイン等のマジに脳みそが蕩けるやつ。馬鹿なチンピラが作った粗悪品までなんでもだ。

 鼓膜が破れちまう大音量クラブミュージックと、ガツンと脳髄を麻痺させるカクテル。そいつと一緒に、一発キメちまえば、大抵のことはどぉ~~~~でも良くなる。

 アメリカじゃ、パンツ売ってるカジ屋でも銃が買えちまうんだ。なぁんてことはない。みんな、高い金払って、自由に幸せになるんだからいいだろ。ここは自由の女神が黒人奴隷とファックして産まれたアメリカ合衆国だからな。白人至上主義者が聞いたら自殺しそうだ。


「なぁ、そこのトンチキ野郎。俺がコカキメてるからって、舐めてンじゃねえぞ……ハロウィン気取りか? お菓子なら、そこの机にあるから持ってけ」


 目の前にいるのは、なんだ。鶏を模したラバー製のマスクをした、スカジャン来てるおしゃれさんだ。ガタイがいい、どっかのギャングか? 

 相手にするとドチャクソ面倒くさそうなキチガイっぽいから、早くその丸机にあるスナックでも取って返ってもらおう。ネオンライトで視界がチカチカして、すげぇ頭痛がひでえ。脳天にマチューテが突き刺さってるみたいだ。

 ベッド代わりに、革張りのソファーで寝転んでるが、地面にへばりついたネコみてえにぐったりだ。なんだよぁ、あのDJは俺の空気を読まずに、金切り声みてえな曲ばっかりかけやがる。

 

「あぁ~~~~ぎもぢわりぃ。なんだよ、俺をジロジロ見やがって。早く視界から失せろ、ボケ」

「兄貴の言葉が聞こえないのか、マスク野郎。早く失せろ」


 あいつ、ずっと俺のことばっかり見やがってよぉ、ホモ野郎なのか? マスクしながらケツ掘るのが趣味なヘンタイか? そういや、鶏って肛門性交だったな。

 ああああああ、うっぜええええええ!!! なんんだよ、あいつうう。熱い視線でじいいいいいっっと見やがってぇえ!!

 

「イライラするなぁあ!! 七面鳥みてぇに、オーブンで焼いて食ってやろうか!」

「ココで発砲するのはやばいですって、兄貴」


 脇のホルスターから取り出した、ガバメントをちらつかせて威圧する。

 普通、銃口を向けられたらビビるもんだが、あのチキンは鳴き声一つ出しやがらない。

 なんか、聞いてみてえよなぁ。どんな声が出るんだ? 絞め殺したら、どうやって命乞いをするんだ? 試してみてえ。

 

「そこのバカ、兄貴が怒る前にはやく去りな。じゃねえと、」


 舎弟のバリーが鶏野郎に詰め寄る。それなのに、微動だにしねえ。ああ、撃ちてえ。


「俺の拳が――――ッグギ!?」


 グサッ、ぶぢっ、ブジュゥ……


 なんだ、バリーの首を左手で締めてる? いや、なんで腹にナイフを……1刺し、2刺し、、3刺し。容赦がねえぞ。

 

「グガッ、あっ、ぎゃぁあッゥ!!」

「なにやってんだ、このルースター!!」


 返り血でトサカみてえに、マスクが真っ赤な鶏野郎。慌てて、俺様の護衛2人が鶏を捕まえようと、ガキみてえに素手で反射的に立ち向かう。

 だが、あいつは覆いかぶさって動きを封じようとする最初のチャレンジャーに、すでに激痛で失神した血だらけバリーを投げつけて動きを制限。

 そのインターバルだ。自分の相方に視線をやっちまったばかりに、チキンマンの先制を許しちまいやがった!

 

「Do you knou what time is it now?」


 冷てえ機械音みてえな声。ありゃ人間の声なのか? 生理的にゲロゲロだ。

 いつの間にか腰からクイックドロウした小型拳銃が、素っ頓狂な表情を浮かべたマヌケに向けられ、マカロニウエスタンみてえに腰撃ちでトリガーが二度引かれる。

 

 パンッ! パスッ!

 

「ぎゃぁ!!」


 慌てて自分の腕で体を守ろうとしたんだろうが、チキンマンの手に握られたジャンクガンからは硝煙と、的確に顔面に二発。どろどろとした脳症がこっちのほっぺにまで飛び散ってきやがった!

 

「きったねえなぁ、お前!!」


 ひくひく痙攣した死体を見てビビったバカに対して、非常に冷静に、そして精密にサタデーナイトスペシャルが再度火を吹く。頬とこめかみを穿ち、バリーの体に抱きつきながら、おねんねしちまった。

 

「死ね、この鶏野郎が!!」


 ここはブルックリンを代表するギャングの重要な拠点だ。それをいきなり襲いに来るとか、こいつはなんなんだ?

 敵対マフィアとかじゃねえ、命知らずとかいうレベルじゃねえ、知性もクソもねえ、マジキチ野郎に決まってる! なんの利益なしに蜂の巣を突くやつは、脳無しのバカ犬だけだ!

 

――――俺は、ちゃんとトリガーを引いたはずだ。ラリってても、俺はちゃんと。


 バンッ、バンッッ……カキィンン………

 

 まさしくスローモーションのような、走馬灯を見ているような。

 すべての時間がゆっくりと、進んでいく。ガバメントはきちんとスライドして、地面に落ちた排莢までちゃんと耳に響いた。火薬が爆ぜ、45ACP弾はあのチキン野郎の腹めがけて飛んでいった“はず”だ。


「あっ、あっあっ――――」


 なのに、なんで、なんでなんで? なんで?? 痛い。

 俺の頭の中にゆっくりと、小口径の銃弾がじゅぶじゅぶとめり込んでいる感触がするんだ? 痛いの。

 やだ、やだ、やだやだ! 痛ぁいいいいい!!! 頭ン中があいつのデカチンポでシェイクされてるみたいだ!!

 どばあああって白い液が、おれののうないのなかいっぱいぃ………

 

「Good times never last.........」


 結局、あいつ、なんだったんだ――――


______________________________


くまくま17分


 静寂が包む廃ビルの中。

 拳銃を頭の側面に掲げながら男は埃の積もった階段を一段一段ゆっくりと、息を潜めて上がる。

 音を立てず慎重に。気取られてはいけないと、周囲を警戒しながらやがて踊り場を折り返し、ドアの取り払われた入り口を牛歩の如く目指す。

 一旦、入り口の脇に身を潜めながら顔の半分だけ出して中の様子を窺った。

 人気は感じられない。

 降り積もった埃を踏み荒らした形跡も無い。

 顔を引っ込めて銃を降ろし、壁にもたれ掛かって一息つく。緊迫した空気を感じ、心臓が五月蝿く跳ねる。神経が磨り減ってどうにかなりそうだ。

 ヤツが居ない。

 けど、確かにここに逃げ込んだ。

 だとしたら何処へ?

 上下左右、視線を巡らせてまだ見ぬ敵を必死に探した。

 ひりつく喉で固唾の飲み込むとやがて意を決し、もう一度だけ中を確認。

 状況に変化無し。

 再び壁に背中を預け、カウントを五つ数える。

 三、二、一。GO!

 勢い良く身体を入り口に滑り込ませて侵入。即座に銃を構えて牽制。三方向に銃口を向けて周囲を警戒。

 やはり居ない。

 逃げたのか?

 とりあえず窓が視界に入ったのでそこから外を。

 全方位に気を配りながら音を立てず慎重に進む。

 天井に目を向ければ、所々抜け落ちて暗闇が顔を覗かせる。人の姿は見られない。

 歩を進め部屋の中央を過ぎ、振り返ってダクトの網目に目を凝らすも相変わらず闇が広がるだけ。

 再び前を向き、窓の脇を目指す。外の廃墟群が近づいて来た。

 窓まで後二、三歩。

 その瞬間、何かが音を立てた。

 反射的に銃を構えて反転。

 ダクトの蓋が落ちていた。

 そして視線を上にやると、そこには少女が逆さまに上体を出して銃を構えていた。

 それが、最後に見た光景になった。


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