第72回「恋という言葉を使わずに恋を表現せよ」
______________________________
02
なんともいえないこの感覚。
あの人のことを想うだけで身体中が幸福感に包まれる。
いや、これを幸福感という言葉で済ましていいのだろうか。
このイチゴのように甘く柑橘類のような酸っぱさを秘めた感覚。
ああ、これが...
______________________________
蒼堆 こなゆき
初めて、誰かを幸せにしてあげたいと思った。
貴方を見ると、視界がボヤけて貴方しか見れなくなる。
貴方と話すと、心臓の鼓動が早くなって倒れそうになる。
――貴方をとても愛おしく思う。
嗚呼、この気持ちを告白してしまうと何もかもが壊れてしまう気がしてならない。
だから私は、この関係を続けていきたいと思う。
もう少し。もう少しだけ。
______________________________
みさとみり
返事が、返って来ない。
あたしは、勉強机の上に置いたスマホをひっくり返して、もう何度も見たLINEのトーク画面をもう一度眺めてみた。
一番新しい吹き出しは、あたしが送ったメッセージ。
「テスト範囲、数Aで分からないとこあるから、日曜日教えてくれない?:sweat_drops:
今度のテストで赤点とったら、お小遣い減らされてピンチなんだ!:weary:
せっかくの休みだし、いつもの図書館も良いけど、うちで勉強会しよっ:bulb:
お礼に相田の好きなイチゴショートおごるからさ:cake: 」
このLINEのどこが気に入らなかったんだろう?
相田には、いつも教室や図書館で勉強を教えてもらっているし、まったくいつも通りのノリなのに、送ってからもう3時間も経ってしまった。
「教えてくれない?」という言い方が、偉そうだったかな。
お小遣い減らされるって、口実なのがバレバレでうざかったかな。
自宅に誘うなんて、突然過ぎてドン引きだったかな。
お礼のイチゴショートが、恩着せがましかったかな。
でも、相田は優しいから、そんな風に思わないような気がする。
係りでもないのに、いつも教室の花瓶の水を入れ替えたり、先生に頼まれてノートを運んだり、損な役回りばかり押し付けられているのに、にこにこ笑って引き受けちゃうようなやつだ。
怒ってるところなんて、一度も見たことがない。
だったら、なんで返信なし?
やっぱり、どうしようもなく、嫌われちゃったのかな……。
馴れ馴れしすぎたかな。
あたし、距離の取り方間違えちゃったかな。
泣きそう。
ああもう、なんでこんな勝算のない賭けに出ちゃったんだろう!
大事なことなのに、なんでLINEなんかで送っちゃったんだろう!
……直接顔見て誘う自信がなかったからだけど。
でもでもでも!
土日に相田に会えないの、毎週寂しいんだもの。
せっかくそれらしい口実が見つかったんだもの。
あっ返事来た!
『いいよー! うちらの仲じゃん。もちろん私で良ければ専属カテキョになるよw
でも、勉強はビシバシいくから覚悟しといてww
伊井野の家行くの初めてだね。
イチゴショート楽しみにしてます:two_hearts: 』
っ!
良かった!
あたしは、スマホを抱きしめてベッドに倒れ込んだ。
やったー!
勉強会、できる!
あたしは、スマホの画面をもう一度、そっと覗き込んだ。
夢じゃない。
しかも、文末にハートっ!! ハートが付いてるっ!
いや、分かってるよ。このハートは、イチゴショートに向けたハートであって、あたしに向けたハートじゃないってことは。
それでも嬉しい。相田からの、初めてのハート……!
あたしは、もう一度、スマートフォンをかき抱いた。
全然、あたしの片思いだって分かってるけど、それでもいいんだ。
相田は男の子が好きだから、あたしのことなんて見てくれないのも分かってるんだ。
でもいつか。
いつか、親友になれたら、良いなあ……。
______________________________
くまくま17分
春一番。
鮮烈な春風の中に君はいた。
目が合った。その瞬間から、瞳を逸らせずに。
ただ呆けて見惚れていたのは覚えている。
その日から、気付けは自然と目が追いかけて。
目が離せないくらい、夢中になって。
遂に勇気を出して、緊張に喉が引きつり声が上擦るのを抑えながら話し掛けた。
時折、君が向けてくれる屈託の無い笑み。
心のざわつきが、胸の高まりに。
そして、胸を締め付ける甘い痺れに変わるのに、そう時間は掛からなかった。
私は、この感情を知っている。
でも、一度名付けてしまったら、元には戻れない。
失いたくない。
一歩踏み出すには、まだ勇気が足りなくて。
お願いします、神様。
まだこの関係を、どうかこのまま。
ほんの、今少しだけ。
変えないでください。
______________________________