第67回「希望という言葉を使わずに希望を表現せよ」
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髭虎
それは地獄に垂らされた蜘蛛の糸。雲間に差し込む唯一の光。
その天啓とも言える閃きに今はただただ縋りつこう。
この道の行く果てが、どうか最善に続くと信じて。
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くまくま17分
丘の上に聳える砦。
城門の前を埋め尽くす魔物の軍勢。小鬼を始め、大型の魔獣や飛竜、竜まで居る。
万を超える大軍に、思わず足がすくむ。
勝てる、のか?
脆弱な人間ごときが、大挙として立ちはだかる魔物たちに。
不安が胸に過り、押し潰す。
けれど、
「大丈夫? 顔、青いよ?」
隣に立つ少女が僕の顔を覗き込む。
大丈夫。乾いた唇で、何とかそれだけでも絞り出す。
「ま、君は大船に乗った気で居なよ。ボクが付いてる:notes:」
麗しい鎧姿で息巻いて得意げに胸を反らす。
その自信に満ち溢れた姿を見てると、不安がどこかに掻き消えた。
純白のマントをはためかせ、煌めく聖剣を抜き放つ。
「ちゃんと、付いて来れるかな?」
悪戯っぽく微笑むその顔に、力強く頷き返す。
それを満足げに見届けると、正面に向き直って輝く白刃を空に掲げた。
全軍突撃。
走り出した戦士たちが、鬨の声をあげる。
そして、また自分も駆け出す。純白のマント、その背中を追って。
大丈夫、怖くない。いまなら、何でもできる。
そんな事を信じさせてくれる後ろ姿だった。
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ゆりいか
最初は花のお江戸に行けるということで嬉しかったけど、現実はそんなに美しいものでもなかった。貧しい農家の三女で、姉と同じように私は女衒に売られた。
「江戸は将軍様が治める、日の本一の美しい場所だ。こんな田舎じゃ手に入らない美味しいものも、美しいものもたっくさんあるぞ」
吉原の一角にある遊郭で、私は女郎見習いとして、姉さんたちのお世話係をしていた。
みんな、10年の契約でここに売られ、男たちに春を売らされる。
「ここから、まともに生きて帰れたやつぁいないよ」
遊女の先輩はそういいながら、キセルでタバコを吹かしていた。
目は淀んでいて、すごくふてぶてしい態度だけど。それでも私に色んなことを教えてくれた、いい人だ。
「そりゃ、身請けしてもらったり、太夫になりゃあまともな生活は出来るかもしれないけど。夜鷹になるのがオチさ。あんたも、無駄に夢見ないほうがいいよ」
梅毒で鼻がもげた遊女も珍しくない。体中にぶつぶつが出来て気が狂った遊女もたくさん見てきた。ここはまごうことなき地獄だ。
「ここで10年耐えて、私は実家に帰ります」
そう信じていないと、私は耐えていけない。それに対して、先輩たちはみな無理だと口をそろえる。私も、なんとなくは分かっていた。
どうせ、実家に帰ったところで、働き口もないのはわかってる。体売るしか、私は生きていくことも出来ない。
でも、そうやって嘘でも信じていないと、ここじゃあ生きちゃ居られないんだ。
「あんたも、売られたの?」
ある時、私は吉原からこっそり逃げ出そうと、夜を狙って江戸の城下に出歩いたことがある。
川辺でズタを引きながら、白いおしろいをぬった痩せボソッた醜い夜鷹。
まごうことなき、私よりも先に売られた姉を見たときに、絶対にそうならないぞと誓った。
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