第58回「君の思い描く美少女メイドを描写せよ」
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水上 ハヅキ
部活を終え、帰路につく。両親は二人とも長期の出張とかなんとか言って、家を開けていた。気楽に過ごせて楽しいが少しつまらなくもある。鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。
「あれ? 空いてる」
どっちか帰ってきたのか?
そのまま、扉を開けた。
「おかえりなさ……」
即、閉めた。表札を見るが確かに俺の名前が入っている。俺が疲れているだけなのか。メイドさんらしきものが見えた。
念のため、もう一度開ける。
「あっ、おかえりな……」
扉を閉める。自宅の玄関に金髪狐耳カチューシャメイド服という何か底知れぬ闇が立っていた。急いで、携帯を取り出す。
一一〇番でいいのかな?
掛けようとした瞬間、扉が大きく開け放たれた。あまりのことに尻餅をついてしまう。
「ご主人様……」
「はっ、はい?」
カチューシャの狐耳が垂れているように見える。
「おかえりなさいませ……」
「はあ……」
「ご飯にします……? お風呂にします……? それとも……」
その先が恥ずかしいのか顔を赤らめ俯いてしまった。
可愛い。
そんなことを思ったりしたが直ぐにその考えを振り払う。そして、思っていた質問を投げ掛ける。
「君は……誰?」
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くまくま17分
コンテナが積み上げられた港の倉庫群。
その一角。四隅にうず高く積み上げられたコンテナ、広く空いたその中央。
漆黒のエプロンドレスに身を包むメイドが艶やかな短髪を振り乱し、戦場を舞う。
端正な面差しに冷悧を浮かべ、艶めく唇を引き結び、琥珀の双眸に闘志を輝かせるメイド。
彼女は数十と居る屈強な男たちを相手取り、黒い疾風となって躍動した。
半円状に取り囲む男たちが銃を構えると、踵を返し地を滑るように低空疾走。
扉の右手に控える手勢へ突撃。
一人に狙いを付け肉薄、構えた銃に手を掛け掴んだ銃身を相手に向ける。
怯んだ隙に奪取、発砲。銃弾が男の腹に吸い込まれた。
よろめく相手の脇下に潜り、空いてる片手で膝を抱えて盾となし、更に突撃。
味方を人質に取られ、相手は銃を使えない。
対して、メイドは躊躇わない。
周囲を人垣で塞がれながらも冷徹に引き金を引き続け、次々と戦闘力を奪っていく。
背後から一人、ナイフを突き立てんと迫る。
振り向きざまにその手首を手刀で制し、身体を密着させると引き倒す。
転がった身体に銃撃。
更に四方からの襲撃。
前方に発砲、右手の敵が腰だめにドスを構え突撃。
振り向きバックステップ。
後ろの敵を引っ掴み、盾にしてドスに突撃。そのまま蹴倒し、機を逸した右手の男に銃弾を叩き込む。
止まる事なく、勇躍するメイド。
鮮血の花弁を散らして咲き誇る、戦場の花。
もはや戦闘というよりは蹂躙が相応しい。
どうしてこうなった。
それは単純。彼らが僕を人質に取ったから。
「それは私を、脅迫してるんですか?」
それが最後通蝶。
肯定を機に戦闘勃発。
脅迫し、話し合いを拒絶したのは彼ら。
ならば、後は戦争しかない。
拳銃片手に蹂躙の限りを尽くす彼女。
その凛と咲く横顔は、息を呑む程に美しかった。
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ゆりいか
ノブレス・オブリージュというのは、下々の者に恩恵を与える義務を指す。
我が家は伯爵家として代々続く高貴な家柄だが、経済が主流の時代では形骸化した。
荘厳華麗なバロック調のだだっ広い屋敷も、今では金食い虫だ。
「このお屋敷は、ご主人さまのオートマタがなんでもやってくれる。私は必要ないんじゃないでしょうか?」
書斎の中、ちんまい背丈のメイドが机越しに私の目の前で椅子に座っている。
名前をアンナ、苗字はない田舎娘。ボブカットのブロンドヘアーに、そばかすのどこにでもいる娘だ。
「貧民の仕事を斡旋するのも、貴族の義務だ。確かに、オートマタのほうがお前と違ってきちんと仕事をこなすがな」
「うー、うーー!!」
自動人形オートマタは人間の労働のすべてを担ってくれる。故に、この広さだけが自慢の屋敷も、きちんと維持できるのはやつらのおかげだ。
掃除に料理、運転手から靴磨き。はては執事としての事務仕事まで任せられる。実に便利だ。
人件費の削減としても非常に役立つのだが、我が家の家訓として近場の村から数人メイドを雇うことにしている。
「アンナ、お前は学もなければ、能力もない。アホな娘だ」
「ちょっと、ご主人さまひどいですよぅ!」
ぷんぷんと子供らしく怒ってみせるアンナ。
白と紺色のシンプルなコントラストのロングスカートのメイド服に、ちょこんと頭に乗っけた白いプリムもあまり似合わない。
それもそのはず、この子はまだ12歳だ。だが、貧民の女はもう働かなければならない。
「人間は不完全な生き物だが、それは学ばないからだ。ほら、宿題はやったか?」
「……忙しくて、出来ませんでした。ごめんなさい」
「嘘をつけ。まったく……ほら、こっちにおいで」
「お尻叩くのやー!」
不満をたれながらも、私の元へやってくるアンナ。
私は座っていた椅子に、アンナを座らせようとするがイヤイヤと首を振ってきた。
「ご主人さまと一緒に座る……」
「まったく、貴族様の膝に座りたいっていうのか? 贅沢なやつだ」
渋々、私はアンナと一緒に同じ椅子に座る。
膝の上に座りながら、私の胸を背もたれ代わりにするアンナは上機嫌に鼻歌まで歌っていた。
「むふー! いつも、パパにしてもらってたの!」
「そうか。私がいつお前のパパになったんだ?」
ニコニコと微笑みながら、首を曲げて私の顔を除くアンナ。
特別美少女ではないのだが、その無邪気にはにかむあの子の顔は悔しいが素朴で、可愛かった。
「ほら、宿題やってないなら、一緒にやるぞ」
「むぅーお勉強嫌ですぅ!」
ぶーだれながら、テキストをペンでなぞるアンナ。ああ、私に子供が居たら、こんな感じなのかなと、強い父性を感じてしまう。
けれど、私は子供を作ることは出来ない。なぜなら、私もまたこの屋敷の主人という役割を持つ、オートマタなのだから。
「ご主人さま、私のこと大事にしてくれるから好き!」
人間は不完全で、オートマタよりも劣る存在だ。故に、オートマタは人間の支配者となった。
だが、完璧でない存在だからこそ、私は人間に歪な美しさを感じざるを得ない。
「私は人間が好きだ。お前のことも好きだ」
私はオートマタとして、咲いては枯れゆく花のような、そんな人間をずっと愛してしまっただけなのだ。
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