第57回「瞬間移動を使った戦闘を描写せよ」
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ねいすちゃん
瞬間移動には二種類ある。ポータルを開き対になるポータルから現れる瞬間移動、もう一つがその場から消え即座に移動するもの。
どちらも即座に移動する能力ではあるが自分は前者、相対する男は後者だ。
同じく移動を目的とした能力だが、こと戦いとなるとその性質は大きく異なる。
最初に動いたのは男だ。目の前から完全に消失すると同時に僕は自分の足下と頭上後方にポータルを開く。
地面から落ちていく感覚と共に僕の視界には後方から殴りかかろうとする男が見える。自由落下に任せた蹴りを見舞ったが僕の蹴りは届くことなく着地し男の姿は最初の位置に戻りクラウチングスタートの姿勢をとっている。
全速力で駆け出してくる。そして拳を振りかぶった瞬間。恐らく全体重が乗せられた拳が目の前に現れた。
その拳は僕の眼前に現れたポータルに吸い込まれ、男は横っ面に自分の拳をマトモに叩き込み、積み上げられた鉄筋へと吹き飛んでいった。
鉄色の音が心地良く響いた。
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くまくま17分
敵味方入り乱れ闘争の渦に飲み込まれた城塞。
全身が麻痺して踞る少女は術者と男が対峙するのを遠巻きに眺める。
「死ねえっ!」
大広間中央の術者の手から少女を襲った電撃よりも野太い幾筋もの光条、雷撃が放たれる。
怒り狂った蛟の様に胴をうねらせ、牙を伸ばして男に迫る。
それを横っ飛びで難なくかわすと一転、術者目掛けて一目散に疾駆。
とても、脇差しを提げ大太刀を担いでいるとは思えない身のこなし。そのまま術者へと肉薄。
だが、攻撃のために大太刀を脇に構えた瞬間に姿が消失。
「馬鹿め!」
後方に出現と同時に雷撃を放つ。
瞬間移動、そして魔法の同時展開。
これだけで術者の高い実力が解るというもの。
男は咄嗟に暗刀を投げ付け、雷撃を逸らしながら斜め前方に跳ぶ。
「猪口才なっ!」
それからは雷撃と暗刀の応酬。しかし、男が徐々に袋小路へと術者を追い詰める。
そして、壁を背にした術者が雷撃を放つよりも速く斬りかかる。
身を低くして脇に構え、そこから更に沈み込む様にして肩口から刀身を振り下ろす。
その寸前、術者が瞬間移動。
そして、同時だった。
後ろ斜め上方に術者が現れるのと男が振り返るのか。
雷撃が放たれる刹那、抜き放っていた脇差しを投擲。
落下する術者の腹部に深々突き刺さる。
痛みで集中力を欠き、魔法が暴発。自らを雷で焼いた。
事切れた術者から脇差しを回収すると、男は少女を助け起こす。
「どうして……」
少女は疑問を呈した。決着の攻防ついて。
「? 単純な話だと思うが?」
事もなげに言ってのける姿に少女はめを瞠る。
つまり、最初から解っていた。
袋小路に追い込めばあそこに瞬間移動する事も。
より、確実に食らわせる為に間合いを限界まで近づける事も。
駆け引きは男の方が数段上。
戦う前から勝敗は決していた。
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orion1196
「ハァ、……ハァ…………ハァ、…… 」
男は逃げた。相手が悪すぎる。でたらめに走っているつもりだったが、いつの間にか行き止まりに追い詰められていた。
「よぉ旦那、ランニングは終わったかい? 」
背後には男を追っていると思われる人物が立っていた。声色は中性的だが、ハットの下から見える髪やロングコートの上からでも分かる胸の膨らみからして恐らく女であると断じられる。
「な、何が目的だ! 順位上げか? それとも金か? 」
「別に用はないんだけど、依頼だからねぇ…… 死んでもらえるかい? 」
この世界は戦闘力がすべての『ランキング社会』なのだ。強き者は当然、自分より下の者たち全てから標的とされる。だからといってそう簡単に格下に遅れをとるはずがないのがこの世界のシステムである。
「この俺を…… 見くびるなよ」
男が虚空からロングソードを取り出す。そして静かに剣を構えた。
「お、いいねぇ。やる気になってくれたかい」
女が一歩踏み出した瞬間、足元の地面が『割れた』。
「ほぉ、やるじゃない」
「『絶対切断』、この剣の下では貴様も豆腐と変わらん」
絶対の自信があるのだろう。男は追撃しようと剣を振り上げ、女に向かって突進する。
「ッ! …… 」
「あら残念、当たってくれないのね」
女がコートの袖から取り出した隠しナイフは男の頬を掠めるにとどまった。男は一歩後ずさる。そして女の立ち回りに違和感を覚えた。
「どうやって間合いを潰した? 」
「どこにでもある瞬間移動よ。別に不思議じゃないでしょ? 」
ハッタリだ、と男は断言できた。瞬間移動で動いたとするなら、男は確実に反応できていなかったからだ。過去にも一度、瞬間移動を用いた相手に苦戦を強いられた過去がそう語る。
「なるほど、お前武術を心得ているのか」
そういう類いの技がある、とは知り合いから聞かされていた。故に男の判断は早かった。
「だとしたら何? 」
「技すら使えんうちに潰すだけだ! ! 」
男が突っ込む。女めがけて薙ぎ払った剣は、背後のビルの柱ごと全てを切った。
「……手こずらせやがって」
「こっちのセリフよ、全く」
男が振り返るよりも先に、女が拳銃を後頭部に突き立てていた。
「なぜだっ! ? さっき確実に…… 」
「だから言ったでしょ? 『どこにでもある瞬間移動』だって」
男が吠える。しかしその慟哭は誰の耳にも届くことはなく、ただ乾いた発砲音だけが路地裏に響き渡った。
「……そもそも、私は『ランキング』なんて興味ないのよ、とっくの昔に捨てたから」
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aka
飲みかけのペットボトルの緑茶、自宅、バイク、チャリの鍵が繋がったキーチェーン、あとは使い古した黒ボールペン。
こちとらいつでも戦闘OK! みたいな無頼漢ども相手にこの装備ときたら心許なさすぎる。
路地の影で怪しげなブツの取引をちらっと見かけただけで、強制スクロールアクションが始まった。
黒スーツの禿げたオッサンが無表情で一気に間合いを詰めてくる絵面は、できれば一生ご遠慮願いたいものである。
(うおおっ!? なんだこのオッサン、足が早えってレベルじゃねえぞ!?? )
後ろを追ってくる黒スーツは数メートルの距離を一気に詰めてきた。すでに攻撃態勢に入っている!
視界にブラーがかかり、右わき腹からくの字に折れ曲がって真横へ吹き飛んだ。
声も出せず、三回ほど地面をバウンドする。幸い脳は揺れていない。
(……なんだ、あいつの動き……瞬間移動……? )
とりとめのない思考と痛みの奔流が脳内を駆け巡る。
そして気づいた。連れ込まれたのだ。人気のない大声を出してもきっと誰も気づかないであろう場所、廃工場だ。
黒スーツは、音もなく目の前に接近していた。気配すらなかった。
そのとき、頬にかすかに風を感じた。
「っ!」
咄嗟にポケットのキーチェーンを顔面に投げつけ、その隙にできるだけ距離をとる。
男はものもいわずに昂然と立っている。
何か、今ものすごい違和感があった。
(瞬間移動……「テレポート」なら風なんて起こらない。点から点への移動なんだからな)
しかも、黒スーツは投げつけたキーチェーンを手でわざわざ叩きおとした。横には動けないのか?
つまり、黒スーツは瞬間移動、テレポートなど最初から使っていない。
何か、別の……?
ペットボトルのお茶を取り出し、自分を囲む円を描くようにお茶を零した。
再び黒スーツの姿が消える。
だが、次の瞬間には男の姿はなく、ただ後方でごきゃっというすさまじい乾いた木の枝を一気に砕いたような音が聞こえた。
考えてみれば当たり前だった。
瞬間移動ならば、逃げている先に回り込めばいい。
わざわざ自分の目の前に姿を現す必要はないのだ。
「摩擦のない特殊材質の靴……いや、氷か。どうりで」
黒スーツは、滑っていたのだ。地面を、高速で。
だから、空間を飛び越えたりという芸当はできない。
「知ってるか? 雨の日には降ってない日の何倍も地面が滑りやすくなるんだぜ」
ぴくりとも動かない黒スーツの首は不自然に折れ曲がり、目は虚ろになっていた。
その速度の代償、重力だ。
おそらく靴の裏には二種類の素材がある。つまさきと踵。
一つは滑るための、もう一つは止まるための。その二つを究極に突き詰めることで、あの魔法のような動きを成していたのだ。
滑りやすい素材、濡れた床で速度が一気に上昇。
想定外の速度を止まるための素材が急停止させようとした結果、体の方が耐えきれなかったらしい。
これ以上の追手は手に負えないと判断し、その場は足早に去ることにした。
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髭虎
進研ゼミからの帰宅途中、不意に周囲から人の気配が消える。
おかしい。閑静な住宅街とはいえ、ここまでではなかったはずだ。嫌な予感を覚えながら周囲を探る、そのタイミングで声をかけられた。
「よぉ、ガキ」
バッと後ろを振り向くと、そこにはいつの間に現れたのか見上げるほどの大男がひとり。あからさまな殺気を向けて笑っている。
なんだこの筋肉ダルマ。そういうのは他所でやってくれ。そんなことを考えながら、俺はビクビクとした反応を返した。
「な、なんか用、っすか?」
「お前、能力者だろ?」
……まだ疑問の段階か。
男の探るような視線に、俺は努めて笑顔を取り繕う。
「は、ははは……そ、そんなわけないじゃないですかぁ。ひ、人違いじゃ、ないっすかね?」
「へぇ——そうかよ」
男はそれだけ言うと右手を振り上げる。俺は……一般人を装った以上、下手な動きはできない。
「なぁ、おい知ってるか?」
そんな男の動きを目で追って——俺はふと、自分のミスに気がついた。
「普通の奴ってのは『能力者ってなに?』って顔すんだぜッ!!」
「ッ——!?」
次の瞬間、男の手には馬鹿デカい大剣が握られていた。
武器召喚系の能力か!? くそ、こんなの進研ゼミで習わなかったぞ。
内心で悪態を吐きながら俺は思いっきり後ろへ跳ぶ。
振り下ろされる鈍色の刃。袈裟の軌道を完全に見切り、しかし右足だけが致命的に間に合わない。
ブツン——
そんな感覚のすぐあとに、脛の辺りから千切れ飛んだ右足が、くるくると宙を舞っているのが見えた。
「ぎ、あ゛がぁぁあぁぁぁあああ!!!」
吹き出す血潮がアスファルトを汚す。べチャリと落下した肉片が音を立てる。
「クソッ、クソ! なんだよこれ、ふざけやがって。俺が、おれが何したってんだ……ぐっ、うぁぁ……ッ」
俺は激痛にのたうち回りながら……そうやって痛みに呻く演技をしながら、男の反応を細かく観察していた。
「痛そうだなぁ、えぇ?」
「なんだよ、なんだよ゛なんなんだよぉちくしょう……い゛っ!? ぐぅぅぁ……い゛でぇよぉ……」
重そうな大剣を担いだまま、男は愉しげにこちらへと近づいてくる。剣に血はついてない。
演技を続ける。涙を流し、鼻水で顔をグシャグシャにする。しかしそれでも男の視線は一切離れない。こちらに対する警戒の強さが読み取れた。
なるほど。完全にこちらの情報は割れているらしい。端的に言えば、演技は無駄だったわけだ。ならばもう素直にやるしかない。
結論とともに、俺は即座に能力を発動させる。
血よ、突き刺せ。
瞬間、俺の意思に呼応するが如く地面の血溜まりが一斉に鋭い棘を作り出した。
「ハッ、知ってんだよ!」
「だろうな」
男は余裕を持ってバックステップを取ると、今度はこちらに向かって大剣を投げつけきた。
俺は棘の一つを自分に突き刺し、無理やり体を横にスライドさせる。同時に無手になった男へ、今度は血液を高圧で射出する。
「当たってはやれねぇな」
言葉とともに男の姿が一瞬かき消える。次に現れたのは大剣のすぐ側だ。
あれが能力か。
空を切った弾丸が建物の塀に穴を穿つのを確認しながら、俺は思考を回す。
おそらくは武器周辺を条件とした瞬間移動。俺の能力を把握した立ち回りを見るに、研究者連中め。いよいよ逃す気がない人選だ。
男は大剣を掴み取ると、そのまま大きく振りかぶるモーションに入る。
考えるのはあとだ。軽く舌打ちをこぼし、俺は次の投擲に備え周囲に血の塊を浮遊させる。
あとは右足を回収したいところだが。思考に釣られ、視線を一瞬背後にやる。そらしてしまう。
——直後、目の前には馬鹿デカい大剣が迫っていた。
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