第55回「『ダイエット』という言葉を使わずにダイエットを表現せよ」
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髭虎
「夏までにぜったいやせてやるっ!!」
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宇佐美ゆーすけ
前に出した右手を、左手を使って引き戻す。これで何度目だろう。
やだやだっ、やっぱりこんなの無理!
とあるショッピングモール。私はそこで洋服を1着買うか、悩んでいた。
あの人がヘンな事さえ言わなせれば……。
──あの服、君によく似合うとおもうよ。
それが昨日。
私は改めて洋服をよく見てみる。
真っ白なワンピース。胸には華のモチーフ。短い袖は、これから訪れる季節の為だろう。だが、袖だけではなく、至る所が抜けている。
腕、腹、腿。この服は露出が激しかった。
それは、私のコンプレックスを刺激した。
おなか、でちゃう……。
でも、もし、この服を着たらあの人は、
あの人の、喜んだ顔がみれるのかな。
これは、何度目になるのかな。
私は意を決して洋服を掴んだ。
レジに走り列に並ぶ。きっと今、私の顔はすごく赤い。
早く早く早く早く。
私の番がきた。
店員は袋につめる。急いで急いで急いで急いで。
店員は私の気持ちなんて気付きもせず、マイペースに話しかけてくる。
「お客様? 返品、交換は、出来ませんので、もし」
「大丈夫です!」
「もし、お済みでなければ、一度御試着はいかが」
「絶対しません!」
逃げるように私は走った。
ショッピングモールを出た。
任務は終わった。でも、これからが大変。
今はまだ、この服を着れない。
私は、私の秘密をぷにっと摘む。
……もうちょっとだけ、走ろうかな。
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くまくま17分
重い。
身体が鉛のようだ。
背中に掛かる髪は颯爽と風になびくのに。
腕が上がらない。気を抜けば足が縺れてしまいそうで。
息苦しい。酸素を求めて喘ぎながら走る。
まとわり付く汗と熱気を気にする余裕はとうに失せた。
「はあっ はっ はぁ………っ」
痩せたい。その一心で走る。
一歩、また一歩とゴールを目指し、夜の通りを駆けた。
あと一ヶ月、夏本番までに五kg落とす。何としても。
何があっても。
「ーーー、 ゴー……ル………………っ」
間借りしてるアパートの前で速度を落として歩き、息を切らしながら深呼吸して夜空を仰ぐ。
そこに星の瞬きはなく、闇色に染まるどんよりとした雲が重苦しい。
それに加え、絡み付く梅雨の湿気と熱気、噴き出した汗が疲労感に拍車を掛ける。
部屋に戻るとシャワーでそれらを綺麗に洗い流す。
そして、
「ぷはぁーーー!
今日も元気だビールがウマい♪」
キンキンに冷えたビールが身体に染み渡る。
決め細やかな泡がシュワシュワと喉越しに弾け、清涼感と爽快感がビールの冷感とのシナジーを生み出し、多幸感が心を満たす。
この旨さ、まさに悪魔的。
減量は、辛い。
だから、時々にはご褒美が必要だ。
でなければ、こんな苦行やってられない。
それに、まだ一ヶ月もある。
「大丈夫大丈夫♪」
火照った身体を潤すようにグビグビと喉を鳴らして流し込み、二本目の缶ビールを空ける。
程好い辛さとキレのある喉越しが病み付きになる。
また、明日から本気を出せば良い。
心の中で自分に言い聞かせながら、三本目に手を伸ばした。
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