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第47回「窓から見える景色を描写せよ」

______________________________


下駄


 窓の外には君がいた。


 僕と君の関係を言葉にするのはとても難しい。

 友達だったか。

 恋人だったか。


 僕はどちらでも良かった。

 ただ、君が隣にいることが日常だった。

 甘えていたというなら、きっとその通りなのだろうと、今は思う。


 今、僕の隣には君がいない。

 窓を隔てた立ち位置が、僕と君との今の距離。


 君との想い出なら何時間語っても足りやしない。

 一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に遊んで、一緒に喧嘩した。


 その思い出が全部、今は窓の向こう側にある。


 発車間際の、汽車から眺めた殺風景な向こう側。

 窓の外には君がいる。

 君だけがいる。


 愛していた君が。

 時に嫌いな君が。


 昨日会ったままの君が。


 去年の誕生日に送ったドレス姿の君が。


 三ヶ月前の君が。


 保育園で将来を誓いあった時の君が。


 りんごを売る君が。


 入院していた時の痩せさらばえる君が。


 メイド服姿の君が。


 先週の君が。


 海へ遊びに出かけた時の君が。


 想い出の中にいた君がいる。

 もういないはずの君がいる。

 いてはならない君がいる。

 君がいる。

 君がいる。

 君がいる。

 君がいる。君がいる。君がいる。君がいる。君がいる。君がいる。君がいる。君がいる。君がいる。君がいる君がいる君がいる君がいる君がいる君がいる君が君が君が君が君が君が君が君が君が君君君君君君君君君君君君君君君。


 ああそうか。僕も逃げ遅れたのだ。


______________________________


髭虎


 車窓を流れる住宅街の風景。電車の席、対面に座る少女が口を押さえて笑っている。


 あぁ、恥ずかしい。

 我が主よ、どうか、どうか気づいておくれ。私から外が見えているということは、外からも私が見えているのだということに。


 無情にも過ぎていく時間。


 我、社会の窓から君を想う。


______________________________


ゆりいか


 この列車が時速何キロで走っているのだろう?

 電車はだいたい60キロで、新幹線は300キロ。

 

 ギシっときしむビロードの座席。古めかしく、緑青色のシートがシックだ。

 私は窓際に肩肘を付き、ゆっくりと窓際の景色を眺める。

 

 パノラマのように移り変わるその景色は、ありとあらゆる情景を浮かばせる。

 上京した時に見た富士山、ビルが立ち並ぶコンクリートジャングル。

 太陽が照らす牧歌的な田んぼに、ゆっくりと流れる群青色の川。

 夜の帳が下りても、ホタルのようにチカチカと輝く工場群。

 

 ころころと変わる景色に対して、私は窓ガラスに人差し指を置く。


「ぴょんぴょんぴょーん」


 その人差し指をウサギに見立てて、建物や山、障害物を飛び越えて。

 子供の頃は、電車に乗る時にこうやって遊ぶのが好きだったなぁ……

 

「この列車はどこに行くんだろう? 銀河にでも行くのかな」


 私はさながらカンパネルラといったところなのだろうか。

 大人になってからは、窓際の景色なんてまったく気にしてなかった。

 だって、私はずっとこの二本足で一生懸命走り続けてきたから。

 

「こうやって、のんびり景色を楽しめるのっていつ頃だろう」


 乗り物に乗っている時は、心の余裕があるからよそ見も出来た。

 けど、自分一人でずっと生きていると、前をむいて走るしか無い。余所見をする暇がない。

 息継ぎも出来ないくらいに、ずっと必死に前を向いて走って―――

 

「The Galaxy Express 999 Will take on a journey

 A never ending journey

 A journey to the stars」


 このまま、銀河の星の1つにでもなれれば、私は自分が生きた証を残せるのだろうか。

 ふと、窓際を覗き込んで、星の瞬きのようにながれる自分の走馬灯に、少し泣いた。


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くまくま17分


 十勝晴れ。

 冬の良く晴れた日を、現地の人々はそう呼んだ。

 自分たちの住んでる地名を天気に名付けるなんて、粋なことするなあ。

 そんな事を考えながら、青年はレンタカーを走らせる。


 寒さが厳しい二月の北海道は十勝地方の池田町。

 国道二四二号線を北上する。

 澄み切った蒼穹と日差しが眩しい午前一〇時。

 電光掲示板には『路面凍結』『圧雪アイスバーン』の文字が灯るが、眼前の道路は乾いて夏場と変わらない。

 そして見渡す視界には十勝平野が広がる。

 豊穣な食料基地も今は雪に閉ざされ、白銀に輝く。

 上空の青と地上の白。

 二色のコントラストがどこまでも続き、目端の利かぬ地平の果てで溶け合う。

 窓の左手遠くに浮かぶ古城を模した建物は十勝ワイン城。灰色の城壁が雪原に良く映える。

 その奥で青く煙るのは、雪化粧が麗しい十勝山系。

 天を睨んで聳える山々は十勝平野を眼下に臨み、連峰は起伏に富んだ美しい稜線を描く。

 雄大な自然が織り成す風光明媚を目に楽しみながら、国道を疾走する。

 往来する車両はまばらで、前車両とも距離は隔たる。高速道路に乗るような速度で、だ。

 北の大地は渋滞とは無縁らしい。

 そして一台、一〇〇㎞/h超の猛スピードで颯爽と追い越し走り去る現地ナンバー。


「試される大地ってか、試し過ぎだろ限界速度」


 呆れながらポツリと漏らした。


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NS


 今日もやつがいた。黒毛の猪が一匹、地面を漁って食い物を探していた。

 私は安全な場所からそれを見ていた。街の端っこにあるこの家の窓からは道路を一本挟んで数メートルのコンクリート壁があり、その上はもう山だ。緑色と茶色ばかりの景色は動きが無く、ただ季節の変化を実感させるのが仕事の様だった。時々聴こえるクシャリ、クシャリと草を踏む音が、草木のベールの向こう側に動物たちの躍動があることを主張し、しかし彼らはその正体を頑なに見せなかった。

 そんな中で唯一姿を見せたのが黒毛のイノシシだった。奴は時々ベールのこっち側に出て、コンクリート壁の際で地面を漁るのだ。愛称の一つもないが、見慣れた隣人でもあった。物言わぬ隣人は今日も地面を漁っている。道路一つを隔て、私と奴の生活に何の違いがあるのかなど、とうに考えるのをやめたのである。


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くまくま17分


 黄昏の空が宵闇に染まり行く頃。

 廃墟と化した市街、その一角。通りに面して一軒家が建ち並び、屋根が剥げ落ちた家屋の二階の窓から、男は喘ぐ息を押し殺して表通りを注意深く見張る。


「くそ………っ」


 苛立ちに顔をしかめ毒づいた。

 窓から身を引き剥がし、壁に背中を預けるとズルズルと擦り付けながらゆっくりと腰を下ろす。

 腹部の傷痕から血が止まらない。そこ以外にも腕や脚、外套にも無数の切り傷。

 それもこれも、通りを見張るゴブリンたちにやられた傷だ。


『廃墟にゴブリンがたむろしているので倒して欲しい』


 簡単な依頼だった筈だ。

 それなのに、この様はなんだ?

 楽勝だと、仲間たちと勇んで来たら奇襲に遭い、次々と殺されていく中で自分だけが生き残った。

 けれど、今や虫の息。

 表通りは鎧兜に身を包んだゴブリン二匹が槍を片手に注意深く徘徊している。

 腹部から滴る血は通りには無い。それもその筈、入りくんだ路地裏から中に忍び込んだ。


 暫く見つからないだろう。

 しかしこのまま血を失い続けると、そっちの方で死ぬ。

 早く何とかしないと。

 立ち上がろうと脚に力を入れーーー


「ーーーっ!」


 突如として一体のゴブリンが空から降って来た。

 古びた木の床が軋みを上げる。どうやら、屋根伝いに来たらしい。


「くそっ!」


 急いで立ち上がり、短剣を腰から抜き放ち構える。

 下から響く足音。通りの連中が押し込んで来たようだ。

 絶対絶命、と同時に好機。

 振り返って窓の外を確認、誰も居ない。窓の縁に手を掛け、


「ぐあ……っ」


 窓から飛び降りようと足を掛けた瞬間、ゴブリンが手にした短剣が背中を穿つ。

 そのままバランスを崩し、頭から宙に投げ出された。

 辛うじて両腕で受け身を取り、うつ伏せに倒れる。


 (こんな、所で………っ)


 這ってでも逃げようとしたが、通りに戻って来たゴブリンの槍で手と地面を縫い付けられた。

 痛みに苦悶の声を上げ仰け反ると、背中に刺さった短剣が更に食い込んだ。


 最後に見た景色は、

 空の彼方が夕闇に染まり、喜悦を浮かべるゴブリンたちに下卑た笑いを向けられるという、余りにも屈辱的な光景だった。


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