第46回「絶品ラーメンを表現せよ (食レポとは言っていない)」
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くまくま17分
空が澄み渡りよく晴れた日の正午。
スマホを片手に長蛇の列に並ぶ。列の先には個人経営のラーメン店。
「ただ今、一時間待ちでーす」
店員のよく通る声が商店街に響く。
それを聞きながら席が空くのを粛々と待つ。
看板商品である大人気の絶品ラーメン。
その味は一体、どれ程のものか。興味が尽きない。
スマホで暇潰しする傍ら、以前別の店で食べた極上のラーメン、その記憶を呼び覚ます。
椎茸と昆布で作る精進出汁に、干し野菜から滲み出る優しい甘味にまろやかなコクと旨味が凝縮した清澄なる淡麗スープ。
それに溜まり醤油が合わさり、腰のある細麺に絡むと思わずほっぺたが落ちそうになった。
思い出しただけで空きっ腹がぐうと鳴り、綻ぶ口元から涎が垂れる。
おっと、いけない。口元を拭って居ずまいを正す。
果たして、今日の絶品ラーメンは以前の味を超えてくれるのか?
いや、きっとそうに違いない。
期待に胸を膨らませ、入店を心待ちにした。
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十六夜月
「……で? このアホみたいな老人は俺のことを知ってか知らずかラーメンを食べに来たと?」
「はい」
というわけでボケた老人を相手するためにラーメンを作るんだが……。
正直、こんな爺さんのために作るのはどうかと思う。
まぁ、休憩時間に無理やり押し込んで来たからには作らないと行けないんだが。
「まだかのぉ? わしゃ記者じゃぞ?」
「はいはい今からだすよ」
特注味噌に鶏ガラと牛骨のスープを注ぎ込みわざと太めにした縮れ麺をスープに入れる。
そこに四八時間煮込みに煮込んだ濃厚チャーシューを五枚、後メンマとコーン。
たったこれだけのラーメンになぜこれほど?
まぁいい俺は今すぐに出す。
「……うまい! やっぱり取材陣を断るだけはある!」
「そりゃどーもボケた爺さん」
「ついでにわし、こんなもので」
……やらかした、本当に超有名の美食家だ。
まずくすりゃよかった。
「こんな美味いもん滅多にないわい! またお忍びで来るでの」
……バレたらぜってぇ混雑確定だ。それが嫌いで小さくやってるってのに。
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佐古昭博
「親父が最後にラーメンを食べたいらしい」
親父は85歳で余命幾ばくのないと医者に診断された。
歩くのもおぼつかない状態で、誰かに支えられてやっとの状況だ。
だから俺は親父に残りの人生を悔いの残らないようにするために、医者に診断されてから親父の願いをできる限り聞くことにした。
「しかし最後食べるなら、和食とかにしないか?」
親父はそれを頑なに拒否した。
「そこは儂にとって想い出のラーメン屋さんなんじゃ」
場所は駅の近くの小さな路地にあった。
そこは昭和レトロな雰囲気で、親父が結婚する前によく寄った秘密の隠れ家らしい。
「そこの看板娘が儂好みの人でな。青春の場所じゃよ」
そして親父と一緒にそこのラーメンを食べた。
昔、そう子供の頃に食べたことあるような味だった。
懐かしい味。
もしや、これは……
「親父、もしかして俺を……親父?」
親父は震えていた。
「どうしたんだ、親父!?」
「う……」
「う?」
「うおおおおおおおおおおおお!!!!」
親父は目をギンギンに光らせて立ち上がった。
「親父が、親父が立った!!」
「この味じゃーーーーー」
そして病院に連れて行くと、医者から衝撃的なことを言われた。
「後、5年は生きられそうです」
これから親父の元気がなくなれば、あの店に連れて行こう。
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髭虎
ここのラーメン屋は魚介とんこつがうまい。
中細のツルッとした喉越しの麺を、こってりと旨味の染み出た濃厚スープで流し込むのだ。けれど決してしつこくはない。五〇の胃に優しい魚介の淡白さも高いレベルで同居している。
最近では私もめっきりここだ。新入りで上司に連れてこられたときは少しばかり物足りなく感じたものだが、この味は歳を取ると分かるのだろう。そう思うとなんだか感慨深い。あぁ私も歳を取ったのだな。
時計を見ると一二時四〇分。そろそろ戻らねばなるまい。伝票を取って席を立つ。
今度来るときは私も部下を誘ってみようか。そんなことを考えながら、ごちそうさまと店を出た。
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くまくま17分
『閉店しました』
店先に張り出された貼り紙に男は言葉を失う。
社畜人生に一筋の光明をもたらしたあのラーメン。
それがもう、永遠に喪われた。
これから、何を希望に生きれば良いのか。
絶望の縁に立たされた男は、肩を落として項垂れた。
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