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第31回「男が女に迫られているシーンを描写せよ」

______________________________


 好きの反対が無関心だというのなら、嫌いという感情は好きの裏側にあるのだろう。

 放課後の教室。夕陽に照らされたその部屋で、僕は努めて無感動に手元の本のページをめくる。


「ゆーくんのことが好きです。付き合ってください」

「僕は佐々木さんのことが嫌いです。付き纏わないでください」


 紙の擦れる音。進む秒針。チラリとそちらを窺えば、対面に座った少女がニコニコと僕を見つめていた。


「手強いなー。じゃあ、今から私の質問に全ていいえで答えてください」

「ことわる」

「だめです」

「……」


 いかにも愉快だと言うように、彼女は笑う。僕は思わず顔を顰めた。


「最初の質問。ゆーくんは私のことが好きですか?」

「……いいえ」

「私は素直にノッてくれるゆーくんが好きだよ?」


 向けられる好意を、けれど素直に受け取れない。

 どうしてそこに悪意がないと言い切れる。

 どうしてそれが本物だと言い切れる。


 あぁ、まったく。

 あの日、偶然聞こえた会話を思い出す。


「ふふっ、じゃあ次の質問です。ゆーくんは実は私に話しかけられるのが嬉しいですか?」

「……」

「えっ、否定しないの? もしかして本当に」

「……いいえ」

「本当なら、はいでもいいんだよ?」

「いいえ」

「頑固だなー」


 賭けをしようと彼女らは言った。クラスで一番目立たない僕が、クラスで一番目立つ彼女に何日で堕とされるのか。そういう賭けを。


「うーん、じゃあそうだなー、ゆーくんは──」


 好きな時間を汚された。

 好きな場所を侵された。


 そして何より。


「私のことが嫌いですか?」


 ──貴方に抱いていた幻想を砕かれた。


 そんな屈辱と怒りに裏返ったこの感情を、人はきっと。


「だいっきらいだ」


 そう、言うのだろう。


______________________________


くまくま17分


 暗雲立ち込める朧月夜。

 背後に強烈な殺気を感じた男はそれを撒く為に大通りから脇に逸れ、狭い路地裏へと逃げ込んだ。

 雑然とした舗装路。辛うじて二人程が往来できる幅しかなく、剣帯に提げた細剣も十分な取り回しが利かない。

 だが、それは誘き出すための布石。刺突で仕留めれば問題無い。

 (どっちからやって来る……? )

 闇を睨み付け注意深く前後を交互に見渡し、襲撃に備える。

 そして、

 電撃の様に戦慄が走り背筋が凍った瞬間、身体を床に投げ出して転がった。

 それと同時に上空から閃く白刃が舞い、男の居た空間を切り裂いた。

 細剣を抜きながら素早く身を起こせば、そこには見知らぬ一つの影。

 一房の黒髪を下げ、黒衣に身を包む小柄で華奢な肢体。

 女暗殺者が獣の様に低く身を屈め、眼光鋭く逆手に持った短刀を構えていた。

 何者だ。油断なく剣を構えながら尋ねてみる。

「………」

 暗殺者は答えない。予め分かって居た事だ。

 男が一歩踏み出せば、暗殺者は地を這う様に疾駆した。

 地面と両側の壁、転々と足場を変えながら男に迫る。殺意の込めた凶刃を隠して。

「はあっ!」

 正面に捉えた女暗殺者へ渾身の刺突を見舞う。しかし、切っ先は虚空を穿つだけ。二撃目を見舞う暇もなく腕を絡め取られた。

 すかさず片目に掌底を喰らい、視界が一瞬暗転した。女暗殺者が身体を密着させた直後、全身を包み込む浮遊感。投げられた事を理解できたのは、地面に背中を叩き付けられた後だった。

「ガバッ!」

 肺から空気が追い出されて顔をしかめる。

 一息吐くよりも早く、漆黒の闇に閃く白刃が男に迫る。

 それが、男が最期に見た景色だった。


______________________________

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