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第24回「『善』と『悪』という言葉を使って正義を表現せよ」

______________________________


くまくま17分


「正義とは、他者の善性を否定し悪性を拡大解釈し断罪する事である。

 正義は人を助けない。

 正義は人を救わない。

 何故なら、人を助けるのは慈悲で救済は容赦の役割だからである

 正義は憎しみしか生まない。正義こそ悪にも悖る偽善である。

 故に正義など不要、私は正義を嫌悪し憎悪する!

 欲望の肯定こそが人間の善であり、真理である」

「つまり、オレの同僚を殺しまくって人の善性どころか命を否定するお前は最悪のクズってことでオーケー?」

「ふん、手前勝手な下らん正義を振りかざす無粋な輩だ。死んで当然、いや、寧ろ天命だ。私に殺される事こそ、定められし運命だった!」

「成る程、それじゃあ有終の美を飾らせてやるから華々しく散りなよ、正義のヒーロー」

「全く、会話が成立しないな。なんなら冥土の土産に正義でも語るかね?」

「正義なんて、口にした時点で嘘っぱちさ。そういうのは、行動で証明するもんさ」


______________________________


中村ケンイチ


 私の家はすごく貧乏だった。

 小学生のころからアパートで暮らしていた。

「ほら、食え」

 ご飯を床にぶちまけられた。私はそれをすすって食べた。


 食事は土日休みに一回ずつ。平日は給食があるから与えられなかった。

 幼い体で家の隅々まで掃除させられた。掃除が怠った日は何度も殴りつけられた。機嫌が悪いというだけで殴られた。何かしら難癖をつけられて殴られた。

「生かしてやってるだけ有り難いと思え」

 私はそのたびに「ありがとうございます」と答えた。


 まともにご飯を食べてなかった私はいつも痩せていた。クラスメイトに心配されたけど、学校の人と仲良くするなと言いつけられていたから友達ができなかった。体育の授業は身体中のアザを見られないようにトイレで着替えた。夏も冬も関係なく長袖を着ていた。隠しきれない顔のアザは階段で転んだ、とよく嘘をついた。


 冷めきった湯船の水によく顔を沈められた。「中学では友達をつくるな。高校に入ったらバイトで家に一〇万入れろ。卒業したら水商売で三〇万入れろ」頭を鷲掴みにされて抵抗できず、苦しい苦しいと叫び続けた。

 寝る時はいつも玄関マットの上で毛布をかぶっていた。


 毎朝、学校にいく道の途中に交番があった。交番の前に立っている若い警察官のお兄さんと毎日のように目が合った。私は無意識に助けを求めていたのかもしれない。それでも無言で過ぎ去る日々が続いた。

 一年ぐらいたった頃だった。ある朝、その警察官のお兄さんに呼び止められた。

 お兄さんも私の助けを求める目線に気付いていたのかもしれない。

「何か困っていることはない? つらいことがあるなら、助けてあげるから」

 彼はきっと善人なのだ。交番の中で話をすることになった。私はしばらく無言でいた。一時間──二時間──沈黙のなか時計の針が進んでいくと、自然と口が開いた。

「わたしは虐待されています。助けてください」

 今までされてきたことをすべて打ち明けた。喋っているとなぜだか涙があふれてきた。


 しばらくして家の人がきた。そして警察の人に頭を下げた。

「すみません、うちの子は嘘がつくのが上手で……勉強でストレスばかり与えてしまっているせいで」

 何を言っているのか理解できなかった。

 必死に頭を下げている家の人をみて、途端に私は何も言えなくなってしまった。


「自害しろ」

 目の前に投げ出されたのは、包丁だった。

「何が虐待だ? お前が悪い子供だから躾をしてやってるんだろうが」

 何もできずに固まっていると、家の人が殴りつけた。何度も何度も殴りつけた。いつものように頭を鷲掴みにされて壁に叩きつけられた。何度も、何度も、何度も。しばらくすると意識が遠のいていった。


 目を覚ますと、ベランダの外だった。真冬みたいに寒かった。ぼろぼろになった体でガラスの中を覗くと、家の中で、お父さんとお母さんと妹がテレビをみて笑っていた。

 よくドラマで観るような温かい家庭だった。それをみて私も笑っていた。


 ……。

 …………。


 ザン──ッ


 そうだ。

 コワくない……──


 ザクン──ッ


 人殺しは 人殺しだ。


 ザクッ ザクッ


 おかあさん おとうさん ごめんなさい


「ぎゃあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」


 わたし……いらない

 わたし。

 わたしなんにもいらないから

 ごめんなさい ごめんなさい


 ザクッ


 もういらないから……ごめんなさい

 ぶたないで

 ほしがらないから

 ごめんなさい……ごめんなさい

 ごめんなさい……


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛──ッ!!! !」



 その日の深夜、アパートの周りはパトカーだらけだった。

 私の服は血まみれになっていて、手には包丁が握られていた。

 家の中はめちゃくちゃで、お母さんとお父さんと妹が無残な姿で倒れていた。


 ふと顔を見上げると、いつも交番の前に立っていたお兄さんがいた。血まみれの私の元に近寄ってきた。思いっきりぶたれると思った。

 彼は私のことを強く抱きしめた。

「……すまなかった、助けてやれなくて」

 彼は体を震わせていた。泣いているのがわかった。お互い捻り出すような声で泣いていた。


 私はヒト殺しだ。

 もう彼のように正義の言葉を吐くこともできない。


______________________________


NS


 善悪肴に酒を飲む

 善はよいよい

 悪はだめだめ


 善悪肴に酒を飲む

 今宵の宴はどんちゃん騒ぎ

 マスカレイドのモルヒネよ

 薄笑み神徒の足踏みは 軍隊顔負けマシンのよう

 天衣無縫の鬼が踊るは廃れぬ童子のようでした


 私は座っておりました

 ヒーロー無き世のリアリティ

 非道の餓鬼の影も無し

 ああ人間! しょせん君らでしかない!


 人間肴に酒を飲む

 隣に座ったただ一人

 微笑み語らう真実だけが

 私の正義でありました


______________________________


orion1196


 正義とは何か? 無駄な問を人は口走る

 正義そのものが虚像に過ぎぬ。善悪すらかつて行使された暴力の結果でしかない。正義を騙る執行者の群れは、今日も背信者を業火で焼く。


 次回『神は死んだ』


 傭兵に正義は語れない


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