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第151回「『ひなまつり』を“ひなまつり”という言葉を用いずに表現せよ」

______________________________


八百津湊


「ぶへぇっ!! ゲホッ、ゲホッ!」

「アミさん、大丈夫ですか!? ……って、あーらら。アタリを引いちゃったみたいですねー、これは」

 慌てて駆けつけ扉を開け放ったはいいものの、もうもうと立ち込める埃のせいで中の様子は全くわからない。

 煙幕の巻かれたような部屋の中からガラガラ、ゴトゴトと物音が聞こえる。

 その音から察するに、中にいる人物が無事で、なんとか出てこようとしているのがわかった。

 大事じゃなさそうだったのでホッと胸を撫で下ろす。

 居住区の廃墟を探索しているとよくあることだ。

 こういうときは焦らず、視界を確保できる場所に声で誘導してあげるのが正解である。

「こっちですよ、あまり大きく体を動かさずに、そーっと歩いてくださいね、そーっとですよ」

 そう声を投げかけると、部屋の中から聞こえていた物音が幾分かおとなしいものに変わり、ざり、ざり、と確かめながら歩く音がこちらに近づいてくる。

 程なくして口を衣服で押さえた黒髪の少女が、舞いあがった埃の中から姿を現した。

 少女は目が合うやいなや、私の胸元にすがりつき、泣きそうな顔を横に振った。

「む、無理ですぅ! わ、私こんなところだと聞いてなくて、うっ! ゲホッゲホォッ!」

「はいはい、落ち着いて、落ち着いて」

 激しく咳き込む今回の依頼人ーー銀河番号302準太陽系2203からやってきたアミの背中をさすりながら、私は天を仰いだ。

「だから、到着時にあれほど言ったでしょう? 旧東京23区は容易に探索できる場所ではないと」

「ここまで酷いとは知らなかったんです!」

「じゃあやめますか?」

「それはもっと無理です! ああ、夢にまで見た、かつて栄華を極めた末、一夜で滅んだ地球前文明の遺跡がこんなに埃まみれなんて」

 アミは興奮した様子だ。

 多少パニックになっているのかもしれない。

 呼吸を荒げて埃を肺に取り込みすぎると、体に毒だ。

「仕方ないですよ。この星の動植物は私を含めた一部の人々を除き、ほぼ全て埃に変わってしまったのですから……」

 なだめるような口調でゆっくりと言葉を返す。

「それはそうですが……」

 そう言いながらそろそろと私から体を離すアミ。

 少しは落ち着いただろうか。

 そう思ったのも束の間。

 叫びに似た怒号が部屋をビリビリと振るわせる。

「まったく、それをきちんと案内してくれる契約だったじゃないですか!」

「はぁ」

 落ち着いたかと思えば、今度は怒りをあらわにしてきた。

 まったく、今回の依頼人はなかなか骨が折れる。

 私は頭を抱えた。

 この仕事ーー考古学者兼ガイドツアーが私の収入源なので、依頼人である彼女に文句を返せる立場ではない。

 ここはぐっと我慢するしかないのだ。

 アミは言いたいことを言い尽くしたのか、大きなため息をひとつつくと、やや視界が晴れた部屋を覗き込む。

 そして再び口を開き、愚痴をこぼした。

「本当にこんなところでこの地域の前文明がわかるのですか? どこを見ても埃、埃、埃……」

 私は依頼人の機嫌を損ねぬよう、明るい声と笑顔を作る。

「そんなこともないですよ、ほら、先ほどの部屋の奥を見てください」

「奥?」

 アミが訝しがりながら目を細め、私が指差す先に目を向ける。

 キラキラと陽に当たって輝く埃と、床に散乱した日用品の向こう側。壁際にある小綺麗な棚の上で、小さな階段に人形たちが並んでいた。

「なんですか、あれは」

 アミが首を傾げる。

 私は腕につけていた時計の表示を宇宙暦からグレゴリオ暦に変換した。

 盤面には2135年3月3日と表示される。

 なんだ、まさに今日じゃないか。

 思わず口元が綻ぶ。

「あれはですね、その昔、この地ーーニッポンで行われていた宗教行事にちなんだものです。女性、つまりXX染色体を持つホモサピエンスの成長を祝う日でして、この日のことを当時彼らは」

「ごめんなさい、宗教には興味ありません」

 やや強い口調でアミに説明を遮られた。

 突然の強い拒絶に驚きを隠せない。

 すぐに止まれなかった口が意味もなくパクパクと動いたぐらいだ。

 アミはそんな私の顔を一瞥し、まるで興味がないと言った様子で続ける。

「私が知りたいのは、この地、ニッポンの文明についてです。つまり、地球の旧人類が科学的、工業的、経済的にいかに非効率なことを行っていたかを学術的に知りたいのです」

 アミのバッサリ切り捨てるような物言いに思わずたじろぐが、こちらも反論がないわけではない。

「……ですから、こういった文化活動も非効率な経済活動の一環といえるわけでして。ーーただ、地球人にとっては生活に密接しており、少なくともここで生を営む者たちにとっては、大切な行事だったのです」

「先生。いかなる宗教行事であっても、人類の発展には寄与しない、これが宇宙連盟の考え方です。あの棚の上にあるもの達は、非効率ではなく、無駄です。ゼロです。無意味です。現在先生方、この惑星お住まいの旧人類の方々を絶滅から救ったのは、過去の宇宙連盟メンバーですよね? 確かにこの星はあなた方の故郷ですが、あなた方はもう宇宙連盟の一員。ですからそのような誤った思考、偏見は捨て、宇宙連盟ベースで考えてもらう必要があります」

「…………わかりました」

 私はがっくりとうなだれた。

「……私が間違えてました。この近くに食品工場があります。そちらを見に行きますか?」

 やっとの思いで、喉の奥から言葉を振り絞る。

「ええ、是非そうしてください。もうこんな狭くて意味のない場所はこりごりです」

 アミはそう言うと私を押し退け、つかつかと歩き玄関の外に飛び出していった。

 部屋に一人取り残された私は、彼女の後ろ姿が消えるまで呆然と立ち尽くしていたが、慌ててその後を追いかけようと1歩踏み出し、足を止めた。

 ゆっくりと振り返り、もう一度ひな壇を眺める。

 舞いあがった埃をかぶってはいるが、極めて良い保存状態だ。

 ひな人形たちは光の中で、誰に向けるわけでもない笑顔を、ただ静かに浮かべていた。

 不意にこの日のために伝えられていた曲の1フレーズが脳裏に蘇る。

 昔、祖母が私に歌ってくれた曲だ。

 小さく首を振り、踵を返す。

 玄関に続く廊下を歩きながら、私は唇を噛み締めた。

 全てが失われたこの星で、これから先、あの人形たちを囲み笑顔を咲かせる者は、きっと。

 ──もう、いない。


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