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第148回「『豆』という言葉を使わずに節分の様子を描写せよ」

______________________________


八百津湊


「やっぱり、効いてないっすよ!」

 玉置二等兵が、泣きそうな声で叫ぶ。

「だから言っただろう! 鬼に通常弾は効かねえって!」

 俺はグレネードのピンを引き抜くと、全力で投擲する。

 迫りくる鬼たちの前方に、それは鈍い音を立てて転がった。

「伏せろ!」

 呆けている玉置の顔をアイアンクローでわしづかみにして、後頭部から地面に叩きつける。

「あがっ!」

 耳元で上がった苦悶の声と同時に、背後で響く爆発音。

 がれきの破片が時間差でパラパラと降ってくる。

「立て! 走るぞ!」

「へ、兵長、そんな無茶苦茶な……。まだ頭がグワングワンしてるんですよ」

「ならばこのまま置いていく。ありがとう、玉置上等兵。皆のためここでひとり、鬼共の足止めをしてくれたお前のことを俺たちはきっと忘れない」

「え、縁起でもない! つーか、2階級特進してるし! まだ殉職してませんから! 立ちます! 立てばいいんでしょ!! あ、ちょっと、先に行かないで!」

 ――世界中で、突如具現化した神仏や妖怪、魑魅魍魎。

 奴らは神話や文献、物語に描かれた通りの姿で、さらにはその特性・特徴も引き継いで顕現する。

「クソっ、こんなところで日本の食料自給率が仇になるなんてな」

 走りながらどうしようもない現実に恨み節をぶつける。

「まさか、アメリカからの貿易船が2月3日に間に合わないなんて、誰も想像つかないっすよ、兵長」

 息を切らしながら合流した玉置がゼーハー言いながら返してくる。

「ったく、旧正月が重なるとはな。中国に向かって天界から降臨する神々の影響で、航空便は全便欠航、GPSも異常をきたして船も出ねえとは」

「踏んだり蹴ったりっすね」

 いや、他人事じゃねえんだよ、玉置。

 おかげで任務の難易度がバカみてえに上がってんだよ。

 わかってんのか、この鳥頭は。

 俺は眉間を押さえながら、玉置に重要事項の確認を行う。

「そんなことより玉置、有効弾の残弾は?」

「え、ゼロっすよ? 兵長。さっき煙幕用にすりつぶして、きな粉にしとけって指示されたじゃないっすか」

 見ると、玉置はサンタクロースのように、きな粉がいっぱいに詰まった袋を肩に担いでいる。

「ば、馬鹿野郎、全部きな粉にしろなんて、誰が言った!」

「え、兵長っす」

「げ、限度があるだろ!」

 あまりの衝撃に、俺の声は裏返っていた。

 いつもこいつは、なんでこうも任務の難易度を上げることだけはこんなに上手いんだ!

 玉置に詰め寄ったところで、別の隊員が悲鳴を上げた。

「お、鬼が追い付いてきたぞ!」

 振り向くと、もうすぐそこに鬼の群れがわらわらと集まっている。

「次から次へと、くそったれが!」

 ちょっと泣きそうだった。

 今年で齢29にもなる男でも、こんな状況、正直逃げ出したい。

 と、俺の横をさっと誰かが走り抜けた。

「なっ?」

 見覚えのある背格好、風になびく金髪。

 あいつは――。

「兵長、俺、撃ちます! うおおおおおお! 鬼は外! 福は内!!」

 玉置が、決死の特攻をかけていた。

「あんのバカ! 通常弾でそれやっても意味ねえってちったあ学習しやがれ!!」

 頭の血管がブチ切れそうだった。

 俺は足元にあった袋を担ぎ、玉置の後を追う。

 ――ほどなくして、街路は大量のきな粉による煙幕で包まれる。

 誰かが作ったきな粉が、さっそく役に立ったのだ。

 役に立ったのか?

 あいつが出しゃばらなければ、使うこともなかったわけで、そもそも、全部きな粉にしてしまわなければ。

 もう、わけがわからない。

「ゲホッ、ゲッホッ」

「へ、兵長、こ、これ、めっちゃ喉に来ますね!」

 まったく、誰のせいだと思ってんだこいつは。

 あきれてものが言えない。

 深いため息をつくと、誤ってきな粉を吸い込んでしまい、また咳き込んでしまう。

 俺は涙目で空を見上げる。

 黄色っぽい煙幕のすきまから、青い空が覗く。

 ああ、早く日付、変わんねえかな。

 俺たちは鬼が屋内に入らないよう、今日一日ずっと鬼と追いかけっこをしなければならない。

 国民の幸福を守るのが自衛隊の役目だ。

 仕方がない、ことなのだが……。

「ねえ、兵長」

「今度はなんなんだ、玉置」

「ピーナッツって、……使えます?」

 このバカだけは。

 今日を乗り越えて鬼が消えても。

 こいつだけは、消えてくれないんだよなぁ。

 だって、俺の部下だもん。

「もう好きにしてくれぇ……」

 きな粉まみれの街に、俺の悲哀に満ちた嘆きが虚しく響き渡った。


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