第146回「『クリスマス』という言葉を用いずにクリスマスの様子を描写せよ」
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sh4rn0th
男子複数人のカラオケ部屋から、シングルヘルと叫ぶ声が漏れる。
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せん
赤い服を着た白髭のおじいさん。
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ラージ
午後9時から午前3時まで
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雨宮 春季
この季節がやってきた。トナカイのハリスとスーツ姿のラリーが外でお待ちだ。
「やあ、ニコラウス。今年も子供たちのために精一杯働いてもらおうじゃないか。」
ラリーが私に小型のGPSを、ハリスに時計をつけて言った。
「二人とも、時差に気を付けることだね。『あわてんぼうのサンタクロース』に需要はないんだから。」
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八百津 湊
地球人の観察を始めて65日目。
現地到着後、地球人の奇行は多数見届けてきたが、今日のそれは凄まじかった。
特に恐怖すら覚えたのは彼らの食事だ。
今までてんでバラバラだった彼らの夕食にて、白い塊に赤い果実が乗せられた奇妙な食べ物が超高確率で出現したのだ。
ーーまるで示し合わせたかのように、である。
我々には未知の通信手段で、指令かなにかを受けとっているとしか思えない。
例の観察対象となっているテツオに至っては、前述した白い塊の切れ端を一口食べては「ちくしょう!」と叫び、誰もいない部屋でひとり咽び泣いている。
なにがしたいんだこいつは。
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SayMay
「ねぇねえおとうさん」
舌っ足らずな柔らかい声で娘が私の袖を引く。困るな。手元が狂った。プレゼントの箱をきれいにラッピングしていたのに。
「どうしたんだい?」
中身の見栄えは良くなくても、外側はきれいにしましょう、といって妻が買ってきたキラキラ光るリボン。急に袖を引くものだから、ほどけてしまった。
娘が言う。
「サンタさんがいたんだよ」
「へぇ、運がいいね、見れるなんて」
おおかた夜空を飛ぶ飛行機の、あの光を見つけたのだろう。さぞ心躍ったに違いない。飛行機の翼端灯に見入る娘の姿を描きながら、妻に教わった通りにテープを結ぶ。シュッとテープを引っ張ると、可憐なリボンの花が箱に咲いた。我ながら、よくできた。年甲斐なく心が弾む。
「トナカイはいたかい?」
「トナカイ?」
「そう、トナカイ。サンタさんのおともで、茶色くて、大きな角があるんだ。サンタさんとはいつも一緒なんだよ」
たしかフィンランドだったか。ノルウェーだったか。サンタ村というものがあったはずだ。宝くじにでもあたったら、娘も連れて行きたい。
「いつも一緒なの?」
「そうだよ。一緒じゃなかったのかい?」
「うん……じゃあサンタさんじゃない?」
「……いや、きっとサンタさんだよ」
子供には夢が必要だ。瞳をきらめかせる、星屑のような光が。
「聞いてみるね!」
「サンタさんにかい?」
「うん!窓を開けて入ってきたの」
振り返る。娘は怪訝そうな顔をしながら話を続けた。
「話しかけようとしたらお母さんが怒るんだよ。怖い顔して、パパのとこに逃げてって」
次の瞬間、妻の悲鳴が鼓膜を揺らし、私は自分の鼓動を聞きながら階段へと駆け出した。
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廃墟サブ
「それで、何を外を見つめているんだ」
ブライアンは書き終えた書類をトントンとまとめて話しかけてきた。
「いや……ちょっと、今日は雪が降ると良いな、とね」
僕はガラス張りから見える摩天楼の上を見ていた。月は出ているが、雲も少しある。
「そんなロマンチストだったのかね、君は。さっさと上がるぞ。仕事が終わったなら会社に要はない」
「いや、もう少しだけ、空を見せてくれ。……ほら、少しだけだが、本当に少しだけだが、白いものが降ってきただろう」
ブライアンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「雪か。早くしないと帰るのが面倒だぞ」
「……ブライアン、少し昔話をしていいかい?」
「なんだ? 仕事の話はもう勘弁だが、法学部での一夜漬けの思い出か? だとしたら」ブライアンは悪態をついた。「俺は先に失礼するよ」
「いや……もっと昔だよ。私はこの日に彼が来るのを、いつだって待っているんだ」
「なんの話だ? 人事部からの昇進の知らせを、記念日にでも重ねたいのか?」
「ブライアン。いくらビジネスに生きた僕たちでも、一年に2日間ぐらいロマンチストになってもいいだろう?」ガラスに手を触れる。「子供の頃、本当に白ひげの彼が来たのさ」
ブライアンは肩に手を置いてきた。「それで、石炭でも貰ったか? 来年はいい子に、とでも。今の時代石炭なんて貰ったって悪い子は悪い子に育つっていうのにさ」と、そこでブライアンは肩を叩いた。「まぁ、君は石炭を貰っていい子になった。そして法学部から法務部部長までストレートだ。それで終わりだろ?」
「ドイツの民謡は関係ないさ、ここは自由の国だ。頑張れば、誰だってなんとでもなる。でも僕は、彼から何ももらえなかった」
ブライアンが少し疑問の声を上げた。
「白ひげのおじさんが現れて、その時ちょうど雪が降っていた。この地域でこの日に雪が降るなんて、20年に1度あるかないかだ。彼は言った。「今の君はいい子だ。だけどプレゼントは渡せない。だってもう一度君と出会う時、その時君はもっといい子になっているはずだからね。小刻みに贈り物をもらうより、これからの努力の結果として大きな贈り物を貰いたいだろう。だから雪がまた降ったこの日付に、君に贈り物を渡しに来る」とね」
「君の親はスパルタなんだな。遠回しに勉学を頑張れ、と」
僕は首を横に振り、ブライアンの方を向いた。
「いや、彼は親ではなかったよ。親は彼を見えることすらできなかったんだ。子供にしか見えない、そういう存在なんだろう」
「じゃあ君はもう見えないじゃないか」
「……人間を大人と定義するのは年齢だけじゃないさ。ほら、私の机の上に、彼がいるじゃないか」
ブライアンは急に僕の席を見た。そして感嘆の声を上げた。
「嘘だろ。俺だってアンタを見たことある。ああそうだあの時プレゼントをくれなかったアンタが、今。そうか。俺たち、2人に用があるんだな」
彼はにっこりと白ひげを歪ませながら、僕たち2人を見ていた。
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