第109回「無言という言葉を使わずに無言を表現第109回「無言という言葉を使わずに無言を表現せよ」せよ」
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くまくま17分
リビングの絨毯の上。
そこで僕は腕を組んで仁王立ちする姉に正座を強要されていた。
「さて。愚かなる我が弟よ。今日、私のプリンが何者かに食べられていたことが発覚した。心当たりは?」
僕は真意にただ口を閉ざす。
大丈夫、時間が経てばやがて妹に疑惑が向く。それまでの辛抱だ。
唇を引き結び、奥歯を噛み締め沈黙を貫く。
「ほぅ。口元にカラメルソースを付けてもなお、黙秘するか。滑稽だな」
(ーーーー!)
咄嗟に手をあてがい確認。大丈夫、ただのブラフーー
「かかったな」
(しまった:bangbang:)
そう、カラメルソースに反応するのはプリンを食べた何よりの証拠。
見事に嵌められてしまった。
背中から怒気を立ち昇らせる姉を威容に、僕は萎縮し口を利けないでいた。
戦慄に背筋が凍り、冷や汗が背中を伝う。
「覚悟はいいな?」
眼鏡の奥の双眸が怒りで爛々と輝いていた。
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蒼堆 こなゆき
――合コン会場に赴いた僕だったが、なんとそこで待ち受けていたのはなんとも形容しがたい邪悪共であった。
僕の隣に座った友人A、Bも、幾分か前には「どんな子が来るだろうな!?」とウッキウキであったのに、今はまるで動物園での水槽が掃除中で陸に挙げられているオットセイのように無気力感を周囲に漂わせている。
そこへ、
「お待たせ! お、全員揃っている」
と、まるで終電の電車の中にいるような重い空気を切り裂いてやって来たのは、今回の合コンの幹事と僕らの大学のマドンナであった。
深淵の渦の中からやって来たようなゾンビ共は、そんな事は意に介さず僕達にザラキを連発してくる。
幹事にまんまとはめられた僕達は、二次会、三次会まで逃れる事ができず、当たったら即死のお持ち帰り攻撃を運良く回避できる事を祈るばかりだった。
――BAD END――
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Eyeless
男の顔色は青に近い白だった。女の方は深く椅子に腰をかけたまま俯き、男の方は地面に額をつけたまま微動だにしなかった。
「いや、ほんとごめん……」
男はそう言いながら少しだけ顔をあげる。膝を折りたたみ手のひらを床につけ縮こまったその姿は酷く惨めだった。2人の間に何があったのか、その答えは女が無気力に投げた写真にあった。
"男女が建物に入る写真"
"男女が手を繋いで歩く写真"
"男女が車の中でキスをする写真"
それらの写真に映る女は今座ってる女ではなかった。
「ち、違うんだ。彼女は……」
女はまた何かを投げる。緑に彩どられた一枚のコピー用紙と黒のボールペン。紙の方にはある程度記入がされてあった。
男は怯えた様子を見せると、地面に額を擦り付け、絞り出したようなか細い声で、ごめん……ごめんなさい……と繰り返した。女は何も言わない。おそらく女は怒れるから、悲しいから黙っているのではない。それは塵芥を見るようなその目で証明された。"呆れ"その感情が女を沈黙の世界に導いていた。また何かを投げる。銀色にきらきら光る小さな何かを。女はゆっくり、ゆっくりと立ち上がった。男も女の顔色を窺うように立ち上がった。
「な、なあ、もう怒ってないか……?」
女は思い切り男を殴る。軽薄。その言葉は女の逆鱗に触れていた。さっきまでの無気力が嘘だったかのように握り拳で殴った。
「何回目よ」
女の目に涙はなかった。やはり無気力と呆れと蔑みの感情だけだった。
空気中に混ざり消えたその声は男がその日初めて聞いた声だった。
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赤髪のLaëtitia
我が艦隊ビスカイナ号は嵐に見舞われた。
猛烈に荒れ狂う波と風は巨人の手となり、耐久性に誇るこの横帆式のカラベル船をもってしても、赤子の手をひねるかの様だった。
出航から25日、この航行ルートであればもう目的の島に到達してもおかしくない。
我々はあと一息という所で、死神の洗礼を受けたのだ。
40名の船員は歯を食いしばり必死にマストや船のヘリにしがみつく。手を離したら最後、海に飲まれていく仲間に言葉をかける余裕はない。
ただただ神に祈る事だけが許された。
◇
優しく寄せては返す波に、私は揺り起こされた。
助かったのだ。
周りを見回すと私同様、波打ち際に打ち寄せられた船員たちが居た。
私は早速、彼らの生死の確認を取ったのだ。
――結局、私を含め3名だけが生き残った。
私達は、互いの無事をただ抱き合って喜んだ。
水平線に目をやると、手前の岩礁に座礁したビスカイナ号の哀れな姿が見えた。
何れ海の藻屑と消えるその残骸に、我々は暫く見やった。
打ち寄せる波の音だけが辺りに響き渡っていた。
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時猫一二三
「君を、ずっと愛している」
風音に混じる声は無く、墓石から伸びる影だけが、ぼくの身体に触れてくれた。
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