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第104回「瞳という言葉を使わずに瞳が印象的な人物を表現せよ」

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くまくま17分


 一際人目を惹き付ける二つの真紅。

 彼女のそれは、一度敵を前にすれば闘争心で爛々と輝き、食事に舌鼓を打てば歓喜の色を浮かべる。

 コロコロと表情を変える百面相。

 彼女の顔を脳裏に焼き付けながら寝そべって青空を見ていると、不意に影が落ちる。


「何、してるの?」


 上気した頬に口角を吊り上げて覗き込んで来た彼女。

 円らな両目の真紅が好奇の色を光せていた。


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時猫一二三(トキネコヒフミ)


 右と左でそれぞれ違う、緑と空の色彩が、膝に乗ってぼくを見ていた。

「今日はなんだい。せっかくいい天気なんだから、もうちょっと読ませてくれないかな」

 夏雲みたいな毛並みを撫でたが、そんなものはいいからと、まんまるのビー玉がぼくを見上げてくる。

 きらきらとした、太陽にも負けない輝きが閉じ込められているから、きっとおやつのリクエストだ。

 ぼくはぱたりと本を閉じて、仕方無いなと立ち上がった。


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タコマウンテン


 その柳田さんは大人しい子だった。机に座って本を読んでばかりいて友達と話すような事も無かった。

 そんな様子を見ていて『笑わせてみたい』となんとなく僕は思った。ただの好奇心であって、好意の類いではない。野次馬根性のような下卑た思いだったかもしれない。そんな僕のチャレンジ開始から1ヶ月が過ぎた。残念ながら未だに彼女を笑わせる事は出来ていない。

 最近流行りのお笑いも真似してみた。一発ギャグも披露した。でも、柳田さんは反応すらしてくれなかった。伸びた前髪で目元は見えないけど、冷たい目線を送られている気がした。

 ……胸がチクリと痛くなった。それから僕は無理に笑わせるのを辞めて彼女が好きそうな本を沢山読む事にした。そして本の話を彼女にしてみた。その日から柳田さんは徐々に僕と話しをしてくれるようになった。しかし、それでも笑ってはくれなかった。


 ある日の授業、学校の視聴覚室で授業があった。何やらビデオを見るらしい。その日は偶然にも柳田さんが授業当番でテレビの準備をしていた。だが、急にキョロキョロと辺りを見渡している。……どうやらリモコンを探しているようだった。


 僕も目線を泳がせて辺りを探してみると部屋の隅に転がっているリモコンを見つけた。

 僕はリモコンを拾って柳田さんに声を掛ける。


「柳田さん。パチパチ君あったよ」


 すると柳田さんは、ポカーンとして表情で僕を見た。……何か変な事言っただろうか?


「……パチパチ君って、何?」

「──あっ!?」


 僕は自分の失敗を理解した。僕の家ではリモコンの事を何故か『パチパチ君』と呼んでいたのだ。気を抜いていたせいで口からつい溢れてしまった。

 僕は恥ずかしさのあまり黙りこんでしまった。その時、柳田さんの方から「クスクス」と声がした。僕は恥ずかしさに耐えつつ彼女に目を向ける。


 ……心臓が跳ねた。

 前髪の隙間から目元が優しく下がり、笑いを堪えている為か少し涙を湛えた眼差しが僕を釘付けにした。


 僕の頬が恥ずかしさとは違う何かで火照っていく。その日僕は、生まれて初めて恋に落ちた。


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赤髪のLaëtitia


 初めて会ったその日に、

 僕は身も心も全て奪われていった――


 愛想笑いとテンプレの退屈な毎日、

 いつまで生きる“ふり”して生きるのだろう、そう思っていた。


 それなら自分を変えてみるかって、

 でも僕が立っていたのはメビウスの帯の上だった。


 所詮、そんなもんなのかもな、

 好きでもないコーヒーを一口飲んで、吐き捨てて、


 鈍色に染まりゆくこの世界で、

 きみが僕をみつめてくれた。


「おいでよ」


 それ以外は石みたいに冷たくなって、

 吸い込まれる様に僕はきみを追いかけた。


 フェンスの向こうで見つめるきみに、

 僕はがむしゃらに手を伸ばす。


 手を取り合った僕たちは、

 互いに見つめ合うその時は、

 あぁ生きているって、そう思えたんだ。


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みさとみり


 残業からの帰りの電車に揺られていたはずの俺は、突然肩を揺さぶられて覚醒した。

「お兄さん、起きて下さい。倉庫に送られちゃいますよ」

「は?」

 重たい瞼を無理やりこじ開けると、目の前には髪の長い女性がいて、俺を心配そうに覗き込んでいた。

 慌てて辺りを見回せば、そこは見知らぬ終着駅だった。

 ウソだろ。一時間も乗り過ごしてしまったのか。

 さらに最悪なことに、腕時計を確認すれば、終電はとっくに出た後だった。

 おいおい、今夜これからどうするんだよ。

「お兄さんも、乗り過ごしたんですか?」

「はは、そうみたいです。も、ということは、あなたもですか?」

「ええ、そうなんです。少し飲みすぎて、ぐっすり眠ってしまいました。お互い災難ですね」

 困ったように笑った女性と顔を合わせたところで、俺は女性が美人だということに突然気づいた。

 普段なら俺のようなうだつの上がらない男など見向きもしないような類の高嶺の花。

 艶やかなブラウンの髪はゆったりとウェーブを描いて、彼女の華奢な肩を彩っていた。

 透き通るように白くきめの細かい肌。

 王冠のように長いまつ毛、すっと通った鼻筋に、上気して火照った頬、形の良い唇。

「え、ええ、全くです」

 どぎまぎしているのを笑ってごまかしながら、俺はようやく立ち上がった。

 会釈して車両を降り、見慣れないホームを歩き出す。すると、女性は駆け足で俺を追って来た。

「すみません」

 呼び止められて、俺は振り返った。

 たいしてたっぱのない俺よりも、さらに背の低い華奢な女性は、上目遣いに俺を見上げて口を開く。

「田舎だし、私酔ってるし、駅を出たら夜道が怖いです。今夜のホテルも探さないといけないですし、

 よろしければ途中までご一緒していただけませんか? お兄さんも、今からホテル、探しますよね?」

「え? ええまあ、そうですが……」

 なんて無防備な人なんだ。初対面の男に頼む内容ではない。俺が紳士、もとい度胸のない童貞だと見抜かれてでもいるのか。

「ついて行ってはだめですか?」

 名も知らぬ美女は、小首を傾げて俺を見つめてくる。

 もしかして、誘惑されているんだろうか?

 気づけば俺は、美女をホテルまで案内していた。

 駅構内の地図を確認し、近くに唯一あった安っぽいラブホテルで一泊の金を先払いする。

「い、良いんですか?」

 俺は女性に何度目かの確認をとる。

「ええ。これも何かの縁ですし。お兄さんのこと、嫌な感じがしないんです。私、持ち合わせもないですし」

「そ、そうですか」

 千載一遇の好機が巡って来た。俺は、ついに生まれて初めて女性と一夜を共にすることになったのだ。

 女性はふらつく足取りで、俺にしなだれかかってきた。

 甘い女の香りが、俺の鼻腔をくすぐる。

 俺はたまらなくなって、部屋に入るなり女性の華奢な体を抱き寄せた。

「あの、俺、俺、初めて会ったんですけど、あなたのこと好きになってしまいました」

 叫ぶように告げると、腕の中に閉じ込めた女性が身じろぎした。

「こんなところじゃ、嫌……」

「す、すみませんっ」

 甘い声に促され、俺は慌てて女性を解放した。女性は、くすりと笑うと自らベッドへと歩みより、

 そしてクイーンサイズのベッドにそっと腰を下ろした。

「可愛いお兄さん、ツメが甘いですね」

 くすり、女性はほほ笑むと、俺をまっすぐ見つめた。目が合う。

 刹那、暗転。俺の意識はそこで途切れた。


 朝、目を覚ますと、部屋に女性はいなかった。

「な、なんでっ」

 床で寝たせいで体の節々が痛む。時計を見れば、もう出勤の時間だった。

 女性の手がかりを探す時間もなく、俺は慌ててラブホテルを飛び出さなければならなかった。

 始発電車に乗り込み、俺はぼうっと窓の外を見つめる。

 ――彼女は人間じゃなかったんだろうか。俺は惑わされ、まんまと宿代を貢がされてしまったのか。

 一夜明けてみれば、女性の顔形を忘れてしまった。

 思い出せるのは、名も知らぬ女性の、蠱惑的に輝いた虹彩のアッシュブラウン。

 そして、猫のように縦長に細められた瞳孔だけだった。


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