第103回「殺意という言葉を使わずに殺意を表現せよ」
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くまくま17分
音も無く拳が頬を掠める。
即死の意図を持って繰り出された突きは風圧だけで皮膚を切り裂く。
敵から発せられる圧倒的な死の気配が周囲に充満し、全身が粟立ち朱に染まる頬がひりつく。
剣の間合いを潰されながら一方的に拳撃で押し込まれていた。体捌きで空隙を開けようにも即座に攻撃が来て無駄になる。
息つく暇も無く拳で空間を削り取られ、後が無くなる。
迫り来る拳舞が呼吸の閾値を超え、背筋を凍らせ堪らず一息吐く。
虎視眈々と狙っていた隙に拳が襲い掛かる。咄嗟に剣で防御、剣と拳がぶつかり合う。
衝撃に両手が痺れ、刀身にヒビが入り剣が砕ける。
ここしかない。
砕けた刀身、その割れた鍔元の切っ先を相手に突き立てる。
手応えに慢心し不意を突かれた敵は成す術無くそれを食らう。
絶命の意志を乗せ、深々と突き刺さった刀身を捻り上げて止めを刺した。
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赤髪のLaëtitia
“理不尽”はいつも唐突にやってくる。
いや、唐突だからこそそれを“理不尽”と言うのだ。
葬儀を済ませ、空っぽになった俺はしばらくのあいだ家に籠り、これからの事を考えていた。
虚しさだけが残る体、俺は一体これからどうすればよい?
誰もいない暗い部屋、テーブルには花瓶に花、いつの間に活けたんだっけか、なんの花かも思い出せない。
倒れた写真立て、愛娘と最愛の妻と3人が写った写真。二度とはやってこない幸せの記憶。
娘は今、おふくろの家だ。近所だし娘もおふくろになついている。それは問題ない。
ガチャリ
玄関のカギを開ける音。部屋に灯りがついた。
「やあ、これは僕が贈った花だね。嬉しいよ、大事にしてくれて」
「あなたのくれた物だもの」
「やっと、気兼ねなく君と二人だけの時間を過ごせるね」
「えぇ、嬉しいわ。ん……」
そうか――
二人の会話が続く。
それで俺は全てを悟った、俺がここに居る理由、俺がこれから為すべきことを。
プツンと何かが切れる音。
空の体は、怨嗟の色に満ち満ちていく。
さぁ……“理不尽”の始まりだ。
パリン
「あら、やだ。写真立てが……」
―――――
「……ったく、ひでぇ現場だ。こんなの“人間がする行い”じゃねぇ」
「被害者は二名。共に体を数百か所切り刻まれた模様。凶器はガラスの破片で……」
(終)
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時猫一二三
心臓を凍らせるような怖気が、背筋に冷たい水を伝わせる。
空気が張り詰めた糸のようになって、僕の頭を引っ張った。
本能が見ろと訴えているのは、落としたはずの獣の首。
もうとっくに命を落としたはずのそれが、血走った目でぼくを見ていた。
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胡桃 なつ
自分でも自らの荒く乱れた呼吸の音が聞こえる。ナイフを握りしめる手、全身までもが小刻みに震えているのが分かる。悲しみや、恐怖ではない。あいつへの怒りと復讐への喜びだ。
全ては5年前。あんなことさえなければ、あいつさえいなければ……
今日、あいつの息の根を止めて俺も死ぬ。
「もう終わりだ。これで何もかも……
父さん、母さん。復讐を果たしたら、俺もすぐにそっちに行くから……」
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くまくま17分
心臓を凍らせるような怖気が、背筋に冷たい水を伝える。
「心臓」「怖気」が背筋に冷たい水に掛かってるのは勿論、「凍らせる」が「冷たい水」と二重三重に掛かって前後の文章がシナジーを生み出してるからとても読み易くスッと心に入って来る感じがする。
大変勉強になりました。
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ZUMA
日中はそうでもなかったが、布団の中に入ると寝られないほど全身が熱くなった。激情が遅れてくれて助かった。
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髭虎
ドロリ、と暗い感情が胸に澱む。冷たく熱を持った、意味の分からない情動だった。思わず右手が、足元のカッターナイフに伸びる。
きっと私は今、冷静ではないのだろう。汚れを吸い取った雑巾のように、私の瞳が濁っていくのが分かった。
視界が黒く染まる。周りが見えなくなる。私は衝動のままに走り出した。
あぁ。なにか、悲鳴のようなものが聞こえる。日本語じみた雑音が響く。
ドス黒く何も見えない世界の中で、驚いた顔で私を見つめる男の姿だけが誘蛾灯のように輝いていた。
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ハク
夜、布団の中で荒ぶる身体を抑える。相手が死ぬか、自分が死ぬか。その考えが永遠と膨らみ、頭を裂こうとしていた。
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ラージ
最近苛立ちを感じる。
原因は勿論分かってる、あの女だ。彼女は自分の幼馴染を名乗り、自分の傍を離れないのだ。これでは愛しの先輩に思いを伝えるどころか先輩との関係が友人から進むことも難しいだろう。
邪魔な幼馴染……彼女さえ居なければ先輩と仲良くなれる、どうにかしなければ……
ふと、名案が思いついた。これだ、これなら邪魔を排除できる。それに悲しむ素振りを見せれば先輩も自分に注目を向けるだろう。完璧だ……早速行動に移さねば
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