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第1回 「泣くという言葉を使わないで泣いている様子を表現せよ」

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小鳥遊賢斗


 やがて僕は、感極まった。

 ぼやける視界は、どうすることも出来なくて。

 月明かりは慰めるかのように、そっと僕の顔を照らす。

 今は、誰にも見られたくないのに。

 傍に居てくれるのかな。

 月と僕だけが過ごす優しい時間が、しばらく続いた。


______________________________


くまくま17分


 嵐が。

 嵐が、吹き荒れる。

 快晴の窓の外ではない、病室の床に蹲る少女の心の中で。

 樹林をなぶる暴風が、

 地面を穿つ弾雨が、

 少女の心の中で荒れ狂う。

 暴風は慟哭に、弾雨は涙となって少女の中から世界に溢れ出す。

 これだけの風と雨になぶられて居るのに。

 熱い。

 身体が、心が。

 業火に焼かれるように熱い。

 荒れ狂うのは嵐か、それとも業火か。

 感情の激流が少女から止めどなく溢れ続けた。


______________________________


ゆりいか


 感極まった彼は、背中を向けて、肩を震わせながらグッと目元を抑えた。


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下駄


 背中合わせに座って、手と手を握り合う。

 彼女が、こうしてほしいと言ったから。


 どれくらいこうしていただろう。

 一時間以上こうしていたかもしれないし、五分くらいかもしれなかった。


「ここまでみたい」


「そっか」


「お別れだね」


「うん」


「さよなら」


「さよなら」


 最期の言葉を交わすと、気配が消えた。

 握っていた手の中にあるのは、もうただの土くれ。

 一体のゴーレムが土に還った。


「不思議だな」


 悲しいと聞かれれば悲しい。

 ただ何を思えばいいのかわからない。

 自分が今何を思っているのかわからない。


 彼女と過ごしたのは一週間にも満たない時間だ。

 それより遥かに長い時間を僕は一人で過ごしてきた。

 全てが元に戻っただけ。


 風が吹いた。

 気持ちのいい風が、背中に残ったぬくもりを拭い去る。


 涙が頬を伝う。


「そっか……」


 僕は寂しいんだ。


______________________________


サイドワイズ


 行き場を失った感情が、声が、奔流となって

 止まらない。

 止まらない。

 それはまるでどうどうと音をたてて流れる滝のように。

 止まらない。

 止まらない。


 ああ。

 このまま…枯れてしまいそうだ。


______________________________


なぎさ


 どうしてあの子なの? どうして私だったの?

 あの子の手を掴んで去って行くのを私は見ることしかできない。

 手を伸ばしても彼には届かない。

 声を上げようとしてもうまく出せない。

 ただただ色褪せた彼との思い出だけが静かに流れていく。

 彼を見つめる視界が時折滲んでいく。

 置いていかないで。

 私を一人にしないで。

 一人は、とても寂しいから。

 でも貴方は行く、私を残して。

 でも私は残る、貴方をずっと見つめて。

 次第に視界を滲ませて愛憎の感情を流しながら。

 最後まで、最後まで。


______________________________


けものべ


 自分でも訳が分からずイラついていた。

 病棟の住人は、数日見ない間にすっかり別人のようにやつれて。

 毎日付き添っている別の家族の精神疲労も、限界のようだった。

 心ない言葉をぶつけられ、理不尽に対する悔しさと悲しさを、それでも飲み込んで帰った。

 苛々が収まらず、不機嫌を撒き散らす僕を彼女が穏やかに窘める。

「ごめん」

 そう言って今日の愚痴をこぼした。

「貴方は優しいね、よく頑張ったね」

 思いがけない彼女の言葉に、鼻先がつんと痛くなって、それから一気に堰き止めていた感情が溢れ出す。

 そうか、誰かに分かって欲しかったんだ。認めて欲しかったんだ。

 溢れ出した想いは、名前を付けることも出来ないままに蟠っていたものを、全部洗い流すよう顔中ぐちゃぐちゃにして。

 さっきから窓を打ち付けている、外の激しさに身を任せられたら、それすら何も残さず、流してくれるだろうかと、背中に回された腕の中に埋もれながら、ただ雨音を聞いていた。


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風間


 終わった。

 そう思った瞬間、目の前が薄暗くなった。

 雲ひとつない快晴のはずなのに、まるで自分の頭上にだけ雨雲が垂れ込めているようだ。

 そう感じた瞬間、ぽつり、としずくが落ちてきた。


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アタホタヌキ


 部室に戻ると、面を取り防具を作業のように外していく。

 滴る汗が防具に落ちるのも御構い無しに、ただただ作業をこなしていく。

 全部の防具を取ると道着の紐を緩めて窓を開ける。

 涼しい風が蒸し暑い夏の部室に入ってくる。汗や防具の匂いも風が流してくれる。

 だけど、自分の不意に漏れた嗚咽も流れてしまいそうで、すぐに窓を閉めた。

 少しだけ訪れた安心感が後押しして、彼は崩壊した。


 まだ7月なのに……彼の夏は誰よりも早く終わってしまったのだ。


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