第1回 「泣くという言葉を使わないで泣いている様子を表現せよ」
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小鳥遊賢斗
やがて僕は、感極まった。
ぼやける視界は、どうすることも出来なくて。
月明かりは慰めるかのように、そっと僕の顔を照らす。
今は、誰にも見られたくないのに。
傍に居てくれるのかな。
月と僕だけが過ごす優しい時間が、しばらく続いた。
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くまくま17分
嵐が。
嵐が、吹き荒れる。
快晴の窓の外ではない、病室の床に蹲る少女の心の中で。
樹林をなぶる暴風が、
地面を穿つ弾雨が、
少女の心の中で荒れ狂う。
暴風は慟哭に、弾雨は涙となって少女の中から世界に溢れ出す。
これだけの風と雨になぶられて居るのに。
熱い。
身体が、心が。
業火に焼かれるように熱い。
荒れ狂うのは嵐か、それとも業火か。
感情の激流が少女から止めどなく溢れ続けた。
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ゆりいか
感極まった彼は、背中を向けて、肩を震わせながらグッと目元を抑えた。
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下駄
背中合わせに座って、手と手を握り合う。
彼女が、こうしてほしいと言ったから。
どれくらいこうしていただろう。
一時間以上こうしていたかもしれないし、五分くらいかもしれなかった。
「ここまでみたい」
「そっか」
「お別れだね」
「うん」
「さよなら」
「さよなら」
最期の言葉を交わすと、気配が消えた。
握っていた手の中にあるのは、もうただの土くれ。
一体のゴーレムが土に還った。
「不思議だな」
悲しいと聞かれれば悲しい。
ただ何を思えばいいのかわからない。
自分が今何を思っているのかわからない。
彼女と過ごしたのは一週間にも満たない時間だ。
それより遥かに長い時間を僕は一人で過ごしてきた。
全てが元に戻っただけ。
風が吹いた。
気持ちのいい風が、背中に残ったぬくもりを拭い去る。
涙が頬を伝う。
「そっか……」
僕は寂しいんだ。
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サイドワイズ
行き場を失った感情が、声が、奔流となって
止まらない。
止まらない。
それはまるでどうどうと音をたてて流れる滝のように。
止まらない。
止まらない。
ああ。
このまま…枯れてしまいそうだ。
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なぎさ
どうしてあの子なの? どうして私だったの?
あの子の手を掴んで去って行くのを私は見ることしかできない。
手を伸ばしても彼には届かない。
声を上げようとしてもうまく出せない。
ただただ色褪せた彼との思い出だけが静かに流れていく。
彼を見つめる視界が時折滲んでいく。
置いていかないで。
私を一人にしないで。
一人は、とても寂しいから。
でも貴方は行く、私を残して。
でも私は残る、貴方をずっと見つめて。
次第に視界を滲ませて愛憎の感情を流しながら。
最後まで、最後まで。
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けものべ
自分でも訳が分からずイラついていた。
病棟の住人は、数日見ない間にすっかり別人のようにやつれて。
毎日付き添っている別の家族の精神疲労も、限界のようだった。
心ない言葉をぶつけられ、理不尽に対する悔しさと悲しさを、それでも飲み込んで帰った。
苛々が収まらず、不機嫌を撒き散らす僕を彼女が穏やかに窘める。
「ごめん」
そう言って今日の愚痴をこぼした。
「貴方は優しいね、よく頑張ったね」
思いがけない彼女の言葉に、鼻先がつんと痛くなって、それから一気に堰き止めていた感情が溢れ出す。
そうか、誰かに分かって欲しかったんだ。認めて欲しかったんだ。
溢れ出した想いは、名前を付けることも出来ないままに蟠っていたものを、全部洗い流すよう顔中ぐちゃぐちゃにして。
さっきから窓を打ち付けている、外の激しさに身を任せられたら、それすら何も残さず、流してくれるだろうかと、背中に回された腕の中に埋もれながら、ただ雨音を聞いていた。
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風間
終わった。
そう思った瞬間、目の前が薄暗くなった。
雲ひとつない快晴のはずなのに、まるで自分の頭上にだけ雨雲が垂れ込めているようだ。
そう感じた瞬間、ぽつり、としずくが落ちてきた。
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アタホタヌキ
部室に戻ると、面を取り防具を作業のように外していく。
滴る汗が防具に落ちるのも御構い無しに、ただただ作業をこなしていく。
全部の防具を取ると道着の紐を緩めて窓を開ける。
涼しい風が蒸し暑い夏の部室に入ってくる。汗や防具の匂いも風が流してくれる。
だけど、自分の不意に漏れた嗚咽も流れてしまいそうで、すぐに窓を閉めた。
少しだけ訪れた安心感が後押しして、彼は崩壊した。
まだ7月なのに……彼の夏は誰よりも早く終わってしまったのだ。
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