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不惑の花・1

ルーミの二度目の妻になった、バーガンディナ姫の視点の話です。

幼いグラナドが出て来ます。


新書「不惑の花」1(ガディナ)


最初に彼に会った時、実は好印象だった。

金糸のように煌めく髪、オリーブグリーンの澄んだ瞳。女性にも滅多にいない、真珠のような頬。

「はじめまして。ルミナトゥス・セレニスです。」

高めで、よく響く、明るい声。

一つ年上のはずなのに、少し幼く見えた。背は高かったし、華奢なわけではないけれど。

彼等が下がった後、ディニィが、

「私も、初めて会った時は、びっくりしたわ。」

と言った。私は、

「ヴェンロイド男爵を見て、想像していたから、金髪なのは意外だったわ。」

と答えた。正直な感想だった。

「でも、やっぱり田舎の庶民ね。さっきも、あの騎士が支えなきゃ、つまづいたまま、頭から転びそうだったわ。可愛いけど、男に好かれそうな顔だし。ていうか、あの騎士が彼氏でしょ。」

とタッシャが、姫にあるまじき発言をしたので、さすがに父も、渋面を作り、

「タッシャ…。」

と、眉を潜めた。ディニィは、

「慣れてないのよ。ラッシルでは堂々としてけど、自国の王様の前ですもの。」

とたしなめた。私は、「タッシャにきつすぎる」と、父からたしなめられていたので、父が自分できちんと注意するまで、黙っている事にした。

父は、「国民を見下すような表現は止めなさい。」と言ったが、後半の、姫として品のない部分については言及しなかった。ディニィもだ。

ただ、言い方を変えれば、確かに、男女の別なく、見とれてしまう美貌ではある。私も、可愛い顔だと思ったのは事実だった。


まさか、この時は、夫になるとは思わなかったけど。


私は三回結婚した。一回目は、幼馴染みの従兄弟マクスオードと。二回目は、その弟ヨルガオードと。そして、三回目は、姉の夫だった、ルミナトゥスと。

一回目、短い結婚期間だった。夫は、兄と共に、複合体に襲われて亡くなった。だが、子供のころから好きだった人と過ごせた、幸せな日々だった。

二回目、あの頃は、舅だったカオストの叔父様を、信頼していた。その頼みでもあり、義理の弟の彼とは幼友達でもあった。だが、当事者の二人にとっては、残念な結婚だった。

彼は、最初の夫に顔は似ていたが、性格は正反対だ。幼友達なので、分かっていたつもりだった。ディニィが、結婚前にそれを心配してくれていたのだが、彼女はカオストの叔父様を「誤解」していたし、なんといっても、姉は恋愛も結婚もしたことがない。だから、勝手に「分かっていない」と決めつけていた。

分かっていないのは、私のほうだった。

ヨルガオードとは、世間が言うように、完全に破綻した訳では無かったが、彼は外に愛人を作り、私にも子供にも、年に数回しか会わなかった。会う時は友好的だった。彼は、身分を隠して酒場に行った時、女性を争って、お遊びのはずの決闘で死んだ。彼の落ち度ではなく、相手がルールを無視して、いきなり切りつけたのだ。

この二回目の結婚では、長女クラリサッシャ、次女レアディージナを産んだ。サッシャ(クラリサッシャ)は、体も心も丈夫だったが、次女ディジー(レアディージナ)は、産まれた時に息が一度止まってしまい、それはすぐ直ったが、姉に比べて、体の弱い子だった。気性も大人しすぎ、私に似ずしとやかな所は良かった(ディニィ似と言われていたが、姉は、大人しく見えて、実はしっかりしていた。)が、王女は、高貴な義務に従い、成長するにつれて公務に忙しく、さらに、神官になる場合を除き、早期の正式な結婚と、出産を期待されるものだ。

医師は、まだ幼いから、と前置きはしたが、なるべくご負担になるような事は避けるように、と指導した。一応、成長に従って、状態は改善はされていた。

ディニィは、最高位の神官であったため、体内に多量の魔法結晶を入れていた。その影響で、妊娠しにくい、しても難産になる、と言われていた。サッシャは、慣習で神官になる予定だ。だが、私は、上級に進む前に、止めさせようと考えていた。彼女が高位の神官になってしまえば、後継者を産む負担がディジーにかかる。

タッシャが、正式な結婚をして、子供を産んでくれればいいのに、相変わらず、自分勝手に暮らしていた。

こういう事情だったので、姉が妊娠した時は、娘達のためには、一瞬、安心してしまった。が、直ぐに姉を心配した。この時は、珍しくタッシャと意見が合った。

姉は、危険性について、ルミナトゥス陛下には、殆ど話していなかった。妊娠しにくい、という話はしていた。それはそれで正しい話だ。私は、話しておくように勧めたかったが、懐妊が発表になる直前に、陛下の弟で宰相の、ヴェンロイド男爵が、事故で亡くなった。姉も、義弟というだけではなく、子供のころからよく知っていた、彼が死んでしまった事に、衝撃を受けていた。

さらに、3ヶ月までの悪阻が酷く、食事が殆ど喉を通らない日が続く事もあった。このため、私は、深刻過ぎる話は避ける他はなかった。

陛下は、弟の事があり、手放しとは言わないが、姉の事は喜んでいた。彼とヴェンロイド男爵の母親は、幼い頃に亡くなっていた。自殺だった。そのせいか、二人とも、少し、「家庭」に懐疑的な部分があったようだ。

ヴェンロイド男爵は、王の弟で宰相、魔法院長な上、ヴェンロイド家は資産家だ。やや小柄だが、容姿は良い。性格も礼儀正しく朗らかで、皮肉屋な面はあったが、ユーモアとしてだ。魔法官は学者でもあるので、学問に身を捧げる人もいるが、彼は政治家だ。なのに、縁談はあったが、すべて断っていた。

ルミナトゥス陛下は、姉を愛して結婚したが、それ以前は、女性関係は、噂すらなかった。有名になってから、昔付き合った女性の話も聞こえたが、とても真面目な付き合いだったようだ。後に少し詳しく聞いたが、「元彼と復縁したくて、自分と交際した」「年が釣り合わないと降られた」など、深く交際する前に、意外に女性から降られる事が多かったみたいだ。

確かに、自分より遥かに「美人」の男性は、憧れる事はあっても、長く恋人にはしづらいかもしれない。美貌過ぎて、女性からは、嫉妬される事もあったようだ。

また、幼馴染みの騎士ネレディウスと仲が良く、一緒に住んでいるため、「彼氏」と噂があった。二人は、兄弟同然に育ち、故郷の悲劇で生き別れたあと、劇的な再会を果たした。そして一緒に複合体を倒した。「彼氏」でなくても、そのような相手との間に入ろうとする者は、まずいない。

だが、ネレディウスが死亡した後にはなるが、一年して、彼はディニィと結婚した。私は、ディニィが彼を好きなのを薄々解っていたが、いつの間にかそこまで話が進んでいたのか、と、水くさい姉をやんわりと責めた。ネレディウスの死で、発表が遅れただけだと思っていたからだ。姉は、

「私が強引にプロポーズしたの。」

と冗談を言っていた。

コーデラには、「再婚するなら一年以内に。世間が認めるそのうちに。」という戯れ歌がある。死に別れた場合に限った話だが、「配偶者を失った悲しみを慰めてくれて。」という言い訳が通用するのは、一年以内だ、という皮肉から来ている。また、「夫を亡くして一年以上、悲しむ貴婦人はいない。」という、上流社会に対する揶揄でもある。

言われてみれば、私も、もしヨルガオードと私の間に、マクスオードを亡くしたという、共通の悲しみがなければ、早い再婚にはならなかったと思う。

とにかく、噂というのは無責任で、私がディジーを出産した時も、夫婦仲が悪いのに、二人目が産まれるはずがない、と囁かれた。

今度も、一部には、

「国王陛下は女性は愛せない。王妃の子の父親は、宰相閣下だ。」

と言う人達がいた。王族なら、その手の話は聞き流す所だが、姉は普通以上に気にしているようだった。反対に、国王陛下は「けろり」としていた。


そんな訳で、私は、なるべくこまめに、姉に会いに行った。

姉の様子は、確かに変だった。神官の妊娠、最初の子供、心配事は確かに多かったけれど。いつも、何か言いたげな表情をしていた。

そのようなある日。

ラッシルから、お祝いの品が届いた。昼と夜とで色の変わる、アレキサンドライトという珍しい宝石を使った、置き時計だ。葡萄の絵のモザイクで、紫と翠が、交互に入れ替わる。姉は、最初は、葡萄ではなく、藤の花だと思ったようだ。

《葉っぱの形が葡萄よ?樹の部分も。葡萄の樹に、藤の花は咲かないわ。》

私は、姉をからかいながら言った。姉は笑っていたが、一瞬、複雑な表情をした。陛下が、

《藤も葡萄も、蔓があるからなあ。選んだのはラールだそうだ。》

と口添えした。藤は、確かラールの好きな花だった。

そこから、少し昔話になり、弾んだ会話に、やり取りは埋もれた。姉が笑顔の間に浮かべた複雑な表情は、単に、間違いを、からかわれたせいだと思った。

ただ、

《そうね。葡萄の樹には、藤の花は、無理よね。》

と、時計を見つめて、こっそり呟いていたのが、少し気になった。


そして、グラナドが産まれた時、姉が、本当に、「言いたかった」事を理解した。


葡萄の樹に藤の花。オリーブの樹に、林檎が実を結んだ。



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